Cross Point Side-O

□3章
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 過去数年間は感じたことのない強い陽光を浴びて、和人はうっすらと瞼を開けた。南向きに位置する彼の部屋には真南にしか窓がなく、そこから陽の光が差し込むことなど、早朝の時間にはあり得ない。枕元に置かれたデジタル時計に、和人は視線をやった。
 1、1、5、7。
 ──まだ、夢を見ているに違いない。
 一瞬呆けてから、和人は勢いよく起き上がった。夢ならばいいが現実なら問題だ、彼は着ていたジャージを脱いでベッドに放る。ハンガー・ポールからカッター・シャツと燕尾服をとり、次々と身に付け、それか和人は廊下に出た。
 廊下の風景は常の正午に見るものと、大差ない。だが、歩く和人は日頃と違い焦りに溢れており──
 コケた。
 ちょうど階段に差し掛かったところでのことで、無論和人は転げるようにして落ちていく。通常なら受け身をとって止まることもできたろうに、何故だろう彼は止まらず無様に床へ這いつくばった。開いた足を頭上に、その間から顔を出して。
 段にぶつけた背骨の痛みに渋い表情を作る和人の視界に、やがて一人の少女が映り込んだ。普段は縛らない髪を後ろでポニー・テールに結って、エプロンを着けている。
「何、してるの……?」
 一日の最初に頂いた主人の言葉には、呆れの色が混じっている。和人は答えるより先に足を下ろし立ち上がって、服装を整え直した。
「申し訳ございません、寝坊など……。急ぎ朝食──もといブランチを作らねばと降りてくる途中で、コケました」
 語の固さはともかく、彼は情けなさそうに笑みを浮かべ、口調も柔らかい。それは聞く美憂にとって、ありがたいものだ。昨日昨晩のことを経て、それでも和人は自身のスタンスを崩していない、むしろ何も変わっていない。それだけで、救いになる。
「それで」
 いう和人の笑みが、種類を変えた。
「美憂様は一体何を、しているんです? ──していたんです?」
 そう、これは怒りの前触れ。
 何を怒られるのかと戸惑う美憂の鼻に、なにやら焦げたような臭いが届く。
「ああ──っ!!」
 起床直後の和人以上に焦って振り替える美憂の前に、食堂へと続くドアより漏れる黒煙が、漂っていた。

  ◆
 
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