短 編 

□ 傾く心
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「もうっ!
いつになったらちゃんと稽古に付き合ってくれるのよっ!」
「なんだよ、だからこうやって毎日付き合ってんだろ?」

薫は肩を怒らせ地団太を踏んだ。

「こんなの稽古って言わない!ただの素振りよっ!」
「素振りなもんか。俺が相手してるじゃねぇか。」

薫は竹刀をブンブン剣心に突きつけながら顔を真っ赤にして訴えた。

2週間ほどの月夜の晩、薫は剣心に『剣術に稽古に付き合って』と、半ば強引に約束をした。
剣心としては、薫が此処までの腕だとは思ってなかったのでまぁ、承諾した。
が、いざ相手をしてみると時々ビックリするような鋭い太刀筋で打ち込んでくる。
そういう時は鞘で竹刀を受け止め、力で弾き返してしまいそうになり内心冷や冷やした。

「剣心も私に打って返してくれないと稽古にならなじゃないっ!剣心の嘘つきっ!!」

そう。
剣心は薫に打って返さないのだ。

最初の1週間は、明治で全然相手にしてもらえなかった剣心と稽古が出来るだけで嬉しかった。
が、10日経っても全く打ち返してこない。理由を聞いたが流された。これも我慢した。
そして今日。2週間目にして等々薫が癇癪を起こしたのである。

「じゃあ、どうして打ってきてくれないの?」

剣心は言葉に詰まる。

「どうしてって・・・」

薫はじっと剣心の顔を見た。黒紺の瞳からは納得がいかないという光が見て取れる。
剣心はふいと視線を逸らせた。

「別に・・意味はねぇよ。」

またしてもいつもと同じ理由に両拳を握った薫はクルリと背を向ける。
きっと顔を真っ赤にして頬を膨らませているのであろうと安易に想像が付いた。

「おい。」
「・・・」
「おいって。」
「・・・」

一旦臍を曲げた薫に何を言っても無駄な事を剣心は知っていたので盛大なため息をついた。


暫くの沈黙・・・

そんな二人の傍では、春風に揺れる草花の周りに蝶々が仲睦まじく飛んでいた。

薫は剣心に背を向けたものの『嘘つき』呼ばわりしたことを後悔し始めた。
気まずい気持ちの中、中々何も言わない気になり肩越しに少し振り返った薫は愕然とした。

「なっ」

剣心は薫を置いて向こうへ歩き出していた。
その背中はすでに小さくなり始めている。

カチンときた。

『そっちがそのつもりなら・・・』

薫は一気に走り出した。ぐんぐんと距離が縮まる。
後ろからの不意打ちに一瞬気が引けたが、相手にしてくれない剣心が悪いと直ぐに開き直った。

山桜の辺りで剣心に追いついた。
後ろから大きく竹刀を振りかぶり思いっきり地を蹴った。

「やぁっっ!!」

剣心は後ろからの殺気を感じ、振り返り様に鞘で竹刀を受け止めた。余りの太刀筋に鋭く弾き返す。

「きゃっ」
「あっ危なっ・・・」

咄嗟の出来事に加減を忘れた。
薫は後ろへ飛んだ。
剣心は薫へと飛び庇うようにして体を引き寄せた。一緒にゴロゴロと地面を転がる。

「・・・いってぇ・・・」
「・・・痛っ・・・」

恐る恐る眼を開けた薫は自分が剣心の上へ乗っている事に気付いた。
体を強く抱きしめられ、息が触れる程に剣心の顔が近くて・・・慌てて起き上がった。

「ごっごめんっ!!」

ムクリと起き上がった剣心は軽く頭を振ると、薫の頬に付いた砂埃を拭いながら聞いた。

「・・・怪我は?」
「ううん。
でも・・・剣心の肘に怪我が・・・」
「ん?あぁ。大した事ない。」

不意打ちを交わし自分を庇ったせいで怪我をさせた・・・
薫は後味の悪さに俯いた。

剣心はちらと薫を見ると前髪を掻き揚げ横を向く。

「・・・嫌なんだよ」
「・・・えっ?」
「だから。俺が打ち返して薫が怪我するかもしれんのが・・・嫌なんだよ」
「・・・剣心・・・」

横を向いた剣心は不貞腐れていたが、その頬は少し赤かった。

そよと風が吹き、山桜の赤っぽい花弁がはらはらと辺りに優しく舞い落ちた。
剣心の不器用な本心を聞いた薫は、胸の奥がグラリと傾ぐ。

剣心は立ち上がりパンパンと埃を払うと薫に手を差し伸べた。

「行くぞ」
「うん。」

先を行く剣心の背中を見つめながら歩いた。
背は同じくらいだが自分よりも広い肩幅は、薫をすっぽりと包み込み・・・剣心は男なんだと意識した。


剣心に・・・触れたい

と思った。



薫は歩みが止まる。

「手を・・・」

薫の声に振り向いた剣心は少し目を見開いた。
いつもの気の強そうな眼差しは戸惑いにゆらゆらと揺れていてる。
木漏れ日の下で立ち止まる薫の頬は、山桜と同じ色をしていた。

「?」
「手を少しだけ・・・繋いでも、いい?」
「・・・ああ。」

再び差し出されたその手に、薫はゆっくりと自分のそれを重ねた。
自分よりも大きなその手に触れた瞬間、体がじんと疼いた。
剣心はほんの少しだけ包むように力を入れる。

花弁が舞い降り、春告げ鳥の鳴き声が時折響く山道を二人は手を繋ぎ歩いた。

互いの心が急激に相手へと傾いていくのに戸惑う。
繋いだ手から心が伝わってしまいそうで・・・

二人は同時にそっと掌を離した。

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