短 編
□ 弓張月
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銀の光が滴るような月だった。
薄雲が月に寄り添うように静かにたゆたう・・・
尾崎幸之助は会合が終わり、二人の共を連れ藩邸へと帰るところだった。
『天誅が横行してるのにこんな時間まで長引くとは・・・』
思いもよらず会合が長引き、予定よりも大幅に夜が深くなったことを舌打ちした。
『早く藩邸へ帰りたい・・・』
心が焦り足早になる。
いつもならば大通りを通るところだが、今夜は逸る気持ちを収めるべく近道をしようと墓地を横切ることにした。
夜も深まった刻限に墓地を横切るなど普段ならば絶対にしない筈なのに、今夜に限り何かに導かれるようにそう決めた。
墓地の敷地に入り込む。
そこは今は盛りにと桜が咲き誇り、その可憐な薄桃色は暗闇の中で浮き立つようで・・・夢か現か判らない幽玄の世界へ迷い込んだ気がした・・・
***** *****
銀の雫が滴るような夜だった。
月は天誅という名の殺戮を繰り返す俺の頭上でいつも煌煌と光を落とす。
手元を照らし、標的をあぶり出し・・・そして俺の仕事を何も言わずに最後まで見届ける。
今夜も陰に隠れ目を閉じ、意識を研ぎ澄ます。
近い・・・
目を開けた瞬間三人の男が通り過ぎた。
「会津藩士、尾崎幸之助殿とお見受けする・・・」
三人は振り返った。
辺りの空気が糸を張り詰めた様に緊迫する。
音もなく通りに出ていつもの文句を口にした。
「私怨はないが新時代の礎となる為、あなた方には死んでいただく」
「何奴?!」
男が提灯をかざす。
「長州派維新志士、緋村抜刀斎」
言葉が終わるや否や跳躍し、一人の首下に刀を沈み込ませた。刀身の中ほどまで沈み込ませた刀に力を込める。
刹那身を翻し相手が抜刀する間も与えず前方へ跳躍し右へ二人同時に薙ぎ払う。
数瞬後・・・
緋村の後ろで、血飛沫を上げながら三人同時に倒れこんだ。
ざっと強い風が背後から吹き上がる。
風は桜の花弁を救い上げた。
ひらりひらり風を受け、血飛沫と共に舞上がる。
舞い落ちてきた花弁は、最後の手向けとばかりに骸の上に下り立ち彩った。
その浮世離れした光景を目の端で捉えた緋村は、刀に付いた血糊を薙ぎ払う事で切り裂いた。
頭上から声が聞こえる・・・
『お前は殺戮者だ・・・』
刀を鞘に納め空を見上げた。
そこには、漆黒の夜空に桜が白く浮き上がり・・・そのまた上では銀の雫を涙のように滴らせた弓張月が物言わず佇んでいた。
命を刈るのと引き換えに自分の何かが掛けてゆく・・・
月が欠け行く様に、少しずつ、少しずつ・・・
ならば、全て欠ければ俺はどうなるのだろうと思った。
そんな思いを目に浮かべ真っ直ぐに月を見据えた。
人斬りは心静かに思う・・・
『月影よ、刻め・・・俺の言葉を・・・』
「お前も共犯者だ」
ひらり、ひらり・・・
白い花弁は静かに人斬りに降りかかる。
その様子は、桜が涙を流しているかの様に緋村には見えた。