長 編 

□第二章
1ページ/1ページ


薫はお盆に湯飲みを二つ乗せ再び部屋へと入ってきた。
剣心の向かいに座り掌から饅頭を取ると代わりに湯飲みを差し出す。



「どうぞ」

「…」



湯飲みから上がる熱い湯気を見詰めながら剣心は重い口を開いた。




「誰に聞いた。」

「誰にも聞いてない。最初から知ってるから。」

「そんなはずはない」

「それがあるのよ。初めて会った時も私は剣心の事知っていたでしょう?」




剣心は記憶の糸を手繰り寄せた。

確かに一の滝から連れ帰ってきた薫は、目覚めた時に自分の名前を口にした。

つい最近の事が遠い昔の事の様に思う。

ふいにあの時の違和感が込み上がった。




「お前は一体誰なんだ?」

「私は薫。神谷薫よ。」




紺の瞳に切な気な光を浮かべた薫は小さく微笑んだ。




「今の俺が怖くないのか?」

「今の俺も前の俺も剣心は剣心よ。恐いわけない。」

「…」

「それに、私には比古さんから教えて貰った剣術があるしね。」

「師匠に?」

「うん。剣心が山を下りてから遊んでた訳じゃないんだから。」




薫は竹刀を持つ真似をすると、剣心に向かい面を打ちニコリと微笑む。



「私、比古さんと一緒に京都まで来たのよ。」

「・・・」



師匠が京都にいる。

喧嘩別れしたとはいえ、いつも心の片隅で気になっていた。

剣の師でもあり父でもある偉大な人。

ふいに懐かしい気持ちが込み上げ僅かに口元が綻んだ。



「そうか。」

「時の動乱を肴に酒でも飲むとか、何時もの調子で言ってた。」



薫はそこで一端言葉を切ると包み込む様な笑みを浮かべた。



「後、馬鹿弟子を頼むとも言ってた。」



剣心は菫色の瞳を大きく見開いた。
ふいに熱い何かが胸にこみ上げ、思わずプイと横を向く。



「大きなお世話だ。」



薫は剣心の僅かな機微を肌で感じた。
無表情だが先程よりも放つ気配が和らぎ、ホッとため息を着いた。



「さ、お茶が冷めちゃうから早くお饅頭食べよう。」



剣心は斜めに薫を見るとニヤリと口元を歪めた。


「相変わらず、色気より食い気だな。薫は。」

「何よう、失礼ねっ」

「食う割りに長持ちの中での抱き心地の悪かった事」

「なっなんですってぇ?!」


顔を真っ赤にした薫は思わず手を振り上げて剣心を打とうとした。

その拍子に裾を踏みつけ剣心の方へつんのめる。



「きゃっ」

「うわっ」



そのまま重力に従ってドサリと剣心の胸へ飛び込んだ。

薫の髪から甘い香り立ち込め剣心の鼻孔を擽る。

今まで肌を重ねた女とは違う、清らかな甘い匂い…

剣心は胸にチリとした疼きを感じ僅かに頬を歪めた。




「ごっごめんっ」




薫は慌てて起き上がろうとしたが、剣心の強い腕に捉えられ身動きが取れなかった。



「オマケにそそっかしい。」



剣心の堅い胸に頬を埋めた薫は、身体中に剣心を感じ声が震える。



「ちょ、剣心、離し…」

「何で髪を切った?」



剣心は片腕で薫を抱いたまま、紺の髪を一掬いした。

落ち着いた午後の日差しを受けた薫の髪は絹糸の様な柔い光を放つ。

薫は戸惑いながら震える喉に力を入れた。



「一人の剣客として剣心の傍にいたいから…」

「また伸ばせよ。」



剣心は薫の言葉を遮ると、髪に顔を埋めぎゅうと薫を抱き締めた。




「俺は、薫は髪が長い方が好きだ…」




薫は瞠目した。

これは夢なんじゃないだろうかと思う。

あんなにも遠かった剣心がここにいて。

今、自分はあんなにも焦がれた剣心の腕の中にいて。

剣心の腕の中はあの頃と変わらずとても暖かくて…


「うん・・・」



薫の眦から涙が零れ落ちた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ