長 編 

□第二章
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大通りの喧騒や階下のざわめきが、次第に聞こえなくなっていった。

布越しに感じる確かな温もりと命の鼓動

それらが夢ではないと物語り目頭が再び熱を帯びた。

出来るなら

このまま時が

止まってしまえばいいのに





******





気の強い眼差しからは想像も出来ない位に華奢な体はすっぽりと自分の胸に収まった。

細い肩や首筋、それでいてしなやかな薫を腕に囲い、瞳を閉じた。

心地よい重みを受け止めていると、知らず安堵していく自分に気づく。

柔い真綿にくるまれた事など未だかつてなかったが、この様な感覚なんだろうか

女を腕に囲った事は何度もあったがこんな気持ちは初めてで

抱いているのは俺の方なのに、まるで薫に抱かれている様な不思議な感覚に僅かばかり動揺した。



窓から入る日差が赤い色を帯び始め頬を撫でる風も先程よりも幾分侘しい。



夜が、近い



その事実が余計に腕の力を強めるのに拍車をかけた。

このまま二人で何処かへ行けば血生臭い現実から逃れられるだろうか?

出来る筈もない馬鹿げた妄想が脳裏を掠めた刹那、階下から此方に向かう気配を感じ薄く目を開いた。

この温もりから離れ難い気持ちを無理矢理腹の底にねじ込むと、息を吸い込み薫から身を離した。



「何の用ですか?」



その拍子に襖が開かれ、ニヤケ顔の飯塚が顔を出す。



「お楽しみ中悪いが、緋村。」



興味津々とした目で二人を交互に見ると、親指でちょいちょいと廊下を指差をさす。



「…」



無表情な面持で剣心は立ち上がると、素早く刀を腰に差し落とした。



「すぐ戻る。」



冷やかで硬質な声

鈍い光を浮かべた菫の瞳

何の感情も移さない、虚ろな瞳…


硝子玉の様なその瞳に薫は息を飲み、唇を噛み締めた。




******





さっきまで剣心が座っていた所に同じ様に座り窓の外を眺めた。

開け放った窓からは赤い日が緩やかに差し込み、ひんやりとした風が頬を撫でる。

眼下の往来には

立ち話に花を咲かせている女の人

二本差しの荘士

笑いながら家路を急ぐ子供達


剣心はどんな気持ちでいつも窓の外を眺めているんだろう… ふと一組の武士に目が止まった。

人の良さそうな老人は二人の護衛らしき人を連れて歩いていた。

一人は如何にも剣の腕を買われたという強者風で、もう一人は腕はからきしそうだが何処か憎めない笑顔の似合う男の人だった。


あの人達が今夜命のやり取りをする相手かもしれない…


そんな思いを抱えて剣心は毎日過ごしているのかと思うと、やりきれない気持ちでいっぱいになった。
複雑な思いで遠ざかっていく武士の背中を見送っていると、襖が開く音がしたので振り返った。


「おかえり。」

「ああ」


手に湯気の上がった湯飲みを一つ持った剣心は、それを私に手渡すと刀を抱くようにして傍らに座った。



「ありがとう。でも、なんでお茶?」

「饅頭、食べるんだろ?」

「あ、忘れてた…でも、自分の為に熱いお茶入れたんじゃないの?」

「俺は別に冷たくていいから。」

「…?」



剣心は饅頭を一つ私に渡すと、残った一つの饅頭をジッと見詰めた。



「食べないの?」

「いや、食うよ。」



そう言いながら饅頭を半分に割り、半分を口にした。

それに合わせ私もお饅頭を口にする。

口一杯に甘いこしあんがふうわりと広がり、思わず口許が緩む。

ああ、幸せ・・・

残りも一口で平らげ、お口直しに熱いお茶を啜った。



「剣心、お饅頭食べないの?」

「ああ、薫にやるよ。」

「…?大和屋さんなのに美味しくなかった?」

「いや、美味いんだろうな。」



意味不明な言葉をぎこちなく言った剣心は冷えきったお茶を一気に飲み干すと、残りのお饅頭を私に手渡した。



「あ、ありがとう…」

「まぁ、これでも食って…」



嫌な予感が胸を過ぎる。
先に手を打っておいた方がよさそうだ。



「太ったら剣心のせいなんだからね。」

「少しは成長してくれ。心も、そして体も。」



またからかわれた事に顔をしかめた。

鼻の頭に皺がよるのが自分でもわかる。

何か、少し見ない間に意地悪になった。

桂さんも年上の志士に囲まれてひねくれてきたって言ってたけど、この事かも知れないなと、一人納得した。

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