長 編 

□第二章 
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顔を背け笑いを噛み殺している剣心を、目を細めて見詰めた。



面白くない。



一言文句を言おうと口を開きかけたその時、剣心の鎖骨辺りに赤い染みがあるのが目に止まった。



「剣心、虫に刺されてる。」



私は自分の鎖骨を指差した。



「どこ?」

「そこ。」



剣心は指で鎖骨をなぞる。



「何もないけど?」

「だって…」



こんなに赤く腫れてるのに…と思い身を乗り出した。
剣心の鎖骨を指でなぞり目を凝らしてよく見てみた。
近くで見るとその赤い染みは虫刺され等ではなく、どうやら内出血の様な染みで


一つの予想が浮かび上がり思わず言葉が突いて出た。



「これ…」



はっと視線を上げると菫の瞳とかち合った。

一瞬バツの悪そうな表情を浮かべた剣心は襟元を正すと体ごと横へ向く。



「煩いな。」



その態度に予想が的中した事を確信した私は思わず後ずさる。
驚きの余りにすっとんきょうな声が出た。



「剣心、好きな人、いるの?」

「…いない。」

「いないなら、なんで…」



剣心は煩わし気に外へと視線を流すと、ため息を一つつき面倒臭そうに口を開いた。



「大人には大人の付き合いがあるんだよ。」

「大人って、私と一つしか違わないじゃない。」

「男の15は大人なの。14の薫と一緒にしないで貰えるかな。お子様の薫ちゃん。」



お子様部分を強調した剣心の言葉が癪に触った。
言い表せない気持ちが胸を占め、知らず棘を含んだ声が低くなる。



「ふうん。私は子供なんだ。」





「なら剣心は大人だから、好きでもない人とそんな事が出来るんだね。」

「すぐ剥きになるところが子供だって言ってんだよ。」

「不潔よっ!剣心。助平!」



またもや言葉が口を突いて出てしまう。剣心の顔を見ておられず背中を向けた。

この態度が子供だとさっき指摘されたばかりだというのに…自己嫌悪で心が地面にめり込むくらい落ち込んだ。



自己、嫌悪…?



違う。



こんなにも心が落ち込んだのは

剣心が知らない女の人を抱いているという事実を目の当たりにしたからで。




ここは京都

唄と躍りに綾取られた町の影では常に血風が吹きすさび命のやり取りが行われる

暗殺という過酷な任を背負っている剣心が、どこにはけ口を持って行くかは簡単に想像出来た筈なのに。




解っている、筈なのに…




現実を受け入れられない、狭い自分の心が悔しかった。





*******





完全に臍を曲げた薫は俺に背中を向けたまま微動だにしなかった。

こうなってしまった薫が自分から折れる事をしないのが解っているので声をかけてみる。



「おい。」

「…」

「おいって。」

「…」



今までに何度こんな場面があっただろうか。些かうんざりした俺の口から盛大なため息が漏れた。

うんともすんとも言わない薫の背中に半ばやけくそで聞いてみた。



「なら、好きな人となら不潔じゃないのかよ。」



好きな人。


口に出した途端、胸の奥がチリと痛む。

確かに昨夜人を斬った後に女を抱いた。

それは好きとかそう言う感情は一切なく、持て余す焦燥と血の匂いから解放されたい一心で。
一夜明けた今では名前は元より顔すらも覚えていない。


さっき俺は、薫は髪が長い方が好きだと言った。

髪が長いほうが…?

俺は

俺は…?



「俺が薫の事、好きだって言ったら?」



目の前の薫が僅かに見じろぐのが分かった。

カシャン、と刀が倒れる音が後ろで聞こえる。

気付けは俺は、薫を背中から抱いていた。

背後から回した手で薫の顎を捉え横を向かせた。

互いの唇が触れるか触れないか、寸での距離で留まる。

跳ねる薫の体を空いた手でぐっと押さえた。




「好きなら俺を、受け止めてくれる…?」

「…剣…し…」




薫の桃色の唇に自分のそれを僅かに重ねた。

触れた箇所がジンと熱を持った様に疼き、薫の吐息が微かに震える。




触れたい




顎を捉えた親指で薫の唇をゆっくりとなぞる。
桃色のそれはぽってりと柔く震える吐息が熱い。





もっと触れていたい




震える首筋に口付けを落としながら項まで移動し、そのまま組み敷いた。
満月色の白い肌は吸い付く様でいて滑らかで、甘い匂いが鼻腔を満たし眩暈がした。





もっと、もっと…




首筋を撫で上げ桃色の頬を包み、深く、深く口付けた。




もっと、もっと、もっと…!




袴の紐をシュッと外し、胸の合わせを肌蹴させた。
弛んだ晒を無理矢理ずらし、露になった白い膨らみを揉みしだいたその時、腕の中の薫が大きくわなないた。



はっと我に帰った俺は薫から唇を離し、見下ろした。

互いの唇を銀糸が繋ぐ。

それが、すっと切れた時、目に涙を溜めた薫がポツリと呟いた。




「…剣心、私を、抱くの?」




涙がつぅと流れ落ちた。




「それとも、私は、他の女(ひと)みたいに抱かれるの…?」




紺の瞳に映った俺の顔が苦しげに歪むのが見えた。



違う



ただ俺は


薫に触れたかった


この気持ちを


何と言うのか



俺の下で薫は手折られた花のようだった。
そんな薫をを直視出来ず、飛び起きる様に立ち上がり素早く刀を腰に差し落とした。
薫の一言が心にズシリと重く圧し掛かる。



泣かせたい訳じゃない



ただ俺は、薫に・・・




「冗談だよ。」




「直に日が暮れる。幾松さんが心配する。早く帰れ。」




俺はやっとそれだけ口にすると、逃げる様に部屋を後にした。
ピシャリと閉めた襖の向こうで俺を呼ぶ薫の言葉が聞こえた様な気がしたが、振り返らず夕闇迫る宵月夜へと逃げ込んだ。




今夜も、仕事だ。

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