‡ZERO‡

Act.10 紅き瞳と白銀の刃
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ホウプは、まじまじと目の前の光景を見つめた。
聖エリザベス学園は、貴族と庶民の垣根を無くすことが重きにおかれている。こういう教育体制になったのは、現エリザベス校長が学園長等のお偉方を説得してからだと聞く。しかし、校長と僅かながら縁のあるホウプは、その裏の意味がしっかり汲み取れてしまった。なんせ、聞けば団長とは幼なじみだという。そんな人が説得などという生温い手段を使うとは思えない。
だがしかし、この階級制度を無くそうとする教育方針には賛同したい。例えそれが目の前の地獄絵図を引き起こしているとしてもだ。


「ねぇ、ルーシャ。人参って皮剥くの?」

「………煮込めば、一緒」

「そうよね、煮込めば変わらないよね」


末恐ろしい会話をしているのは、リリィとルーシャ。慌てて人参の皮を剥いてもらうように頼む。
ホウプは、アレクサンドルと共にジャガ芋の皮を剥きながら、ハラハラと三人の様子を見つめた。
三人共、皮を剥く手つきが危なっかしいことこの上ない。そして、剥くというかこそげ落としているという表現がぴったりな気がする。
一歩間違えればスプラッタだ。
他の組も皆一様に酷い有様だった。ジャガ芋を皮も剥かずに丸ごと鍋に放り込んでいたりしている。先生も流石に手が回らないのか、無法地帯状態だ。
そんな所に目をやっていると、隣にいたアレクサンドルの手元が狂った。流石に判断力が早く血は流れなかったが、ホウプの心臓に大打撃を与える。


「だだだ、大丈夫ですか、アレクサンドル!」

「問題ない。話し掛けるな、気が散る…」


アレクサンドルがジャガ芋を見つめる目は、敵を前に武器を構える時の真剣なものになっていた。
力みすぎて危なっかしいが、血を見るよりはいいだろう。
いつも器用にサーベルを扱う彼がジャガ芋に悪戦苦闘する様子を見て、周りの女子が騒ぎ始めている。
その様子を見遣り、リリィは朗らかに笑った。


「アレクサンドルは相変わらず人気ね」


そう言うリリィは、周りの女子のようにアレクサンドルを特別視しているわけではないらしい。
リリィの横顔を見つめていると、急に朗らかな笑顔がこちらを向いた。


「君ももう少し髪とかちゃんとしたら女の子にモテそうなのに」


それは間違えてもないだろうと、ホウプは苦笑いを零した。
一本ネジが抜けたような人達には追いかけ回されているが、それ以外で好意に近いものを向けられた記憶はない。
よく考えると結構悲惨な人生だ。


「……ホウプ」

「ルーシャ、どうし…」


どうしたのかと問おうと開いた口から、悲鳴が飛び出した。
ルーシャの指から目にも鮮やかな血が溢れていた。濃い血の臭いに嫌な記憶が引きずり出されそうになるが、それを振り切って直ぐさま止血をした。
一旦落ち着いて見てみれば、止血が要らないほど浅い傷だった。程なく血も止まるだろう。
ほっと胸を撫で下ろしたホウプをじっと見上げ、ルーシャは小さく感謝を口にした。
それに応えながら、とにかく違う作業をしてもらおうと鍋を渡した。


「これで、煮込むんですよ」

「……わかった」


ルーシャはこくんと頷き、鍋を持って嬉しそうにしている。
それを満足げに眺めたホウプの耳に、ゴンッという音が聞こえてきた。
アレクサンドルが殺気立ちながら、包丁をまな板の上に手荒く置いていた。そしてそのままジャガ芋を睨み据え、サーベルを引き抜く。


「だ、駄目ですよ。アレクサンドルっ!」

「五月蝿い!こんなジャガ芋如きにシェレメート家の誇りを汚されてたまるか!」

「ぎゃああ!落ち着いてください!」


慌ててアレクサンドルの腕を掴むと、赤い双眸に睨まれる。しかし、ホウプの必死な形相を見て、双眸から険が消えた。
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