短編

□××××××
3ページ/4ページ


なんでかしら、最近とても夢見が悪いの。
夢の内容は覚えてないんだけどね。朝起きると汗は凄いし、心臓は五月蝿い。あと、何故かいつも泣いてるの。
おかげで大学で転寝しそうになっちゃう。こんなことなら、単位に必要でもない教科を1現目にいれるんじゃなかった。でも、この授業はとても興味深いし、きっとこんなことになるって分かってても履修してたわね、きっと。
今日も重い目蓋を押し上げながら、なんとか1日を終えた。さて、今日は約束してるんだから早く行かなくちゃ。
電車に乗って一旦家に帰ってからシャワーを浴び、少しの間卒業論文の構想を練る。毎日少しずつ無理せず続けることが論文を仕上げるコツだと私は四年間で学んだ。時間になったらさっさと切り上げて、身支度を整える。化粧は苦手だからファンデーションと口紅を少しだけ。
もう少しちゃんとしたら、あの人も振り向いてくれるかしら。なんて。きっと叶わない恋愛だから、私はあの人の前に立てる。そうでなければ、私はきっと彼の前でまともに喋ることすらできないわ。彼は口数の多い人じゃないから、私が喋らないと会話がないかもしれない。彼はきっとその静寂に困ったように笑うだろうから、私は苦手なお喋りを続けるの。それに時折答えてくれる彼の優しい顔が見たいから。
気がつくと彼のことばかり。これじゃいけないと、私は急いで家を出た。
待ち合わせ場所に着くと、赤色の髪をした少女が此方に向かって手を振ってくる。どこにいても目立つ鮮やかな赤色の髪は、少女そのものを表しているみたい。私より年下な彼女は、とても明るく溌剌としている。頼りない私を引っ張って歩いてくれるの。とても可愛く優しい彼女みたいな子が、きっと彼も好みなんでしょう。
私は、彼女に憧れている。

「今日は俺の方が早かったな」

行こうぜ。と男っぽい口調で彼女は言う。
彼女は、いつもパーカーとジーンズを着ている。聞いてみたところ、お洒落に全く興味がないらしい。でも元気な彼女にはその服装がしっくりきていたし、とても似合っているから単に自分に似合う服を見つけるのが上手いだけなのかもしれない。
私は服を探すのが苦手だから、そういうところも羨ましいわ。
今日は一緒に買い物に行くの。と言っても実際はなにかを買うわけではなく、ただぶらぶらと街を散策し、疲れたらカフェや公園で休むだけの他人からしたらつまらないものかもしれない。けれど、そんな平凡な遊びだからこそ人付き合いが苦手な私でも、彼女と友人関係が続けられるのかもしれない。勿論、たまにはカラオケに行ったりと女の子らしい遊びもしているんだけどね。
いつものように街を散策し、ウインドウショッピングを楽しむ。やがてどちらともなく近くの公園へ向かった。
寂れた公園はほとんど無人で、たまに散歩中の老人とすれ違う程度。遊具がブランコしかないから、広いのに子供が集まらないんだと思うわ。子供達はもう1つある遊具の公園で遊んでいるのでしょう。
私たちは赤錆が浮かぶブランコに腰かけた。
そこで私は何となく最近夢見が悪いのだと彼女に話した。すると彼女は驚いたように目を見開いた。

「お前も? 実は俺も最近嫌な夢ばっか見てさ。起きたら忘れてるから内容はわかんねーんだけどさ。でも、俺のは悲しいっつーか……苦しい? なんか無力だなぁって感じるっていう夢だな」

「不思議ね。二人して最近悪夢ばかりを見るなんて」

「いや、実は俺の彼氏も最近夜中に電話かけてくんだよ。『怖い夢を見たんだ。内容は覚えてないんだけど、すごく怖かった。ねぇ、そこにいる? 君は本当に俺の傍にいる?』とかなんとか」

そうすると、最近身近な人間が二人悪夢に苦しんでいることになる。自分も含めると三人だ。
偶然って重なるものなのかしら。
不思議だなと困ったように笑う彼女を見て、私も早く悪夢を見なくなるようにいいわねと笑った。






誰かが優しく私を撫でる。
騎士なんてやめてしまえばいいと笑いながら。
私は横に首を振った。
だって私がやらなくちゃ。世界を救うために選ばれた私たちがやらなくちゃいけないの。
代わりがきかない人間なんていない。そんな残酷な言葉に私は酷く傷つくと同時に安堵を感じていた。
誰かの手が服の裾から侵入し、私の肌を撫でる。幾度もくり返した行為、彼が与えてくれるものは一時の忘却と快楽。そして手酷く優しい言葉だった。
そんなに特別な人間になりたいの、そう問われた。
違う、違う。本当は普通の女の子として生きたかった。恋をして買い物を楽しんで、お洒落をして休日に出掛けたかった。でも、私が役割を投げ出したらこの世界は、誰よりも大切な幼馴染みはどうなるの? だから、私がやらなくちゃいけない。私は騎士でいなくちゃいけない。私が手を汚してでも、世界を救わなくちゃ。
もう、いいと彼が口の端をつりあげる。
もう、いいんだと彼は私の首筋に顔を埋めた。
停滞していく思考の中、私は彼の身体に縋った。
もう、いい。もういいの? 本当は、やめたい。こんな役割、投げ出してしまいたい。お願い、誰か、あなたが。私に、






また、夢を見ていた気がする。
頬を伝う涙をぼんやりと眺めていると時計が鳴り出した。サイドテーブルに乗っているそれを黙らすと、最低な気分のまま大学に行くために支度を始める。
気分は悪いけれど授業には出なくちゃ。朝御飯を食べないまま、私は家を出た。
朝は通勤ラッシュのせいで駅は酷く混んでいる。電車を待つ人に紛れて、私も目的の電車が来るのを待っていた。
ふと向かいのホームを見ると、やはりそちらも沢山の人で埋めつくされている。
その中の一人と、目が、合った。冷たい眼光が此方を射抜く。
その瞬間、記憶が逆流した。
あああああ、そうだ。そうだ。どうして忘れていたのこんな事。忘れるはずがないのに。どうして、どうしてこんな事に。なら、この世界は、一体、
ホームにいる"彼"が冷ややかに笑った。その唇が言葉を紡ぐ。こんな騒がしい中、聞こえるはずがないのに、何故か彼の声が鮮明に聞こえた。

"ああ、思いだしちゃった?"

ぞくりと身の毛がよだった。とても立っていられない。膝が震えて力が入らない。なにか食べていたら、吐いていたかもしれない。
恐ろしいのに彼を見つめることしか出来ない私に彼は笑いかけてきた。

"残念。さようなら、イヴ"

とんっと誰かに背中を押された。その瞬間、私の身体は線路に投げ出される。
視界には迫り来る電車と彼の笑み、そして、

「カガリッ!」

愛しい彼が私を呼ぶ声がした。




___本日早朝、女性が駅のホームから転落。電車と接触し運ばれた病院で死亡しました。また、女性を助けようとした男性も意識不明の重傷でいまだ意識は戻っていません。
警察は事故として今回の事件を調べているようです。
今回の事故で電車は運転を見合わせており、まだ運転再開の目処はたっていないとのことです。
また新しい情報が入り次第お伝えします。
さて、次のニュースです___






×××××××××の世界
『たった一人、君だけの世界』
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ