‡ZERO‡

Act.12 天使は二度笑う
1ページ/16ページ


世界の記録から逸脱した人間。
その人間をアダム、またはエヴァと呼んだ。
記録から逸脱した人間を管理することにより、記録からの逸脱を阻止しようとした神々は、世界が壊れる時、彼等を核にしてまた新たな世界を創ることにした。
世界に創成児は一人しかおらず、彼等は神と契約を交わすことにより、神の管理下に置かれる。その契約を交わすと、神とその人間の間に縁が生まれ、幾ら輪廻が廻ろうとまた出逢うことになる。
人間も神も、輪廻を廻り転生を繰り返す。生き物は、転生してもほとんど同じような人生を送ることになる。それに伴い性格にもほとんど差違がない。しかし、選定され、世界の核にされた人間は、再び転生した時に全く別の人格になってしまう。世界の核になったことで、彼等は永久に失われてしまう。
そのため、選定された人間はその役割を拒もうとする。そして、運命を嘆き天を恨むのだ。





もう何度目か分からない息苦しい目覚めに、ホウプは天井を睨んだ。見慣れた天井には、染みや黄ばみが目につく。
どうやら、本格的に記憶を思いだしかけているらしい。それは良いことではあるが、思い出す記憶は嫌なことばかりで精神的にはかなり厳しい。
息を吐き出しながら起き上がると、目の前に水が差し出された。
目線を滑らすと、赤い髪の青年シエルザードが、心配そうな面持ちでこちらを見つめていた。

「随分魘されていましたね」

ホウプは、礼をいいながら洋盃をうけとり、水を飲みほした。水がのどを通る感覚にゆっくりと落ち着きを取り戻す。しかし、落ち着いたことで、先程思い出した記憶に動揺し、洋盃が手から滑り落ちた。
シエルザードは、ホウプの手からこぼれ落ちた洋盃を掴み、不思議そうにホウプの顔を覗きこんだ。

「ごめん、なさい、ごめんなさい。僕は、貴方を壊してしまった。貴方を、アダムという役割に縛り付けて、壊した」

記憶の中で見た幾人の創成児たちは、皆、ほの暗い瞳でこちらを見つめていた。その視線だけで、心が抉れて血が吹き出すようだった。
彼等は、望まぬまま永遠に失われてしまう。神の意思によって。
しかし、シエルザードはそれを聞いても顔を歪めることなく、より一層笑みを深くした。

「朱雀様。私は、貴方にこの役割を与えられたことに喜ぶことはあれ、憎むなんてとんでもない。他の神に選ばれた創成児達も恐らく、ただ不幸なだけではなかったでしょう。どうか、私達神の子の心を憎しみだけだと思われぬよう」

シエルザードは、穏やかな笑みを浮かべて、ホウプの手を握りしめた。
言葉よりも、より直接的にその感情が伝わったような気がした。
それも、創造の力をこの青年にわけあたえたからだという。この青年の中にある力と自分の力が呼応しているのだろう。まるで、血の繋がった親子のように。
その温かさだけが自分を現実に繋ぎ止めているかのようだ。無意識にその手を握りしめる。すると、青年はふわりと蕩けるような笑みを浮かべた。
思い出したい。全部、彼のことを全部。
そうすればきっと、彼に報いることができる。
ホウプは、そっと目を閉じて、青年にありがとうと伝えた。シエルザードは、ゆっくりと頭を垂れた。




Act.12 天使は二度笑う
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ