‡ZERO‡

Act.13 白雪姫は拳銃がお好き?
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耳をくすぐる甘やかな音色が、まさか糸から紡がれているとは思うまい。ヴァイオリンというのは素晴らしい楽器だ。これを作った職人たちは、ただの木や糸に音楽を奏でる才能と音楽の元を詰め込んだのかもしれない。しかし、奏者も素晴らしくなくてはこうも素晴らしく甘やかで力強い音楽を奏でることはできないだろう。素晴らしい楽器が力を発揮できるのは、素晴らしい奏者に使われてこそなのだ。だから、目の前のピアノが恍けた音と不協和音しか奏でないのは、どうかんがえても僕のせい。ああ、ごめんなさいピアノさん。君だって素晴らしい職人に作られた一級品だというのに。
ホウプは、黒いオタマジャクシが張り付けられた楽譜を見ながらがっくりと頭を落とした。



 
 
Act.13 白雪姫は拳銃がお好き?




 
「壊滅的だな」

アレクサンドルがぽつりとつぶやいた言葉が心に刺さる。分かってます。重々承知です。本当にごめんなさい。
芸術を嗜むのも貴族として大切なんだろうか。この学校は異様なほど芸術に重きをおいているような気がする。貴族としての嗜みも知らなければ、芸術なんて露ほども分からない僕には少し荷が重すぎる。おかげで、美術や音楽の歴史、用語はバッチリなのに実践がおっつかないという状況だ。成績が怖い。2とかついてそうで怖い。
ホウプはどんよりと疲れきった顔でアレクサンドルを見上げた。授業中付きっきりで教えてもらっているというのに、これでは申し訳なくて顔向けできない。
ううっと呻いたホウプの姿にアレクサンドルはため息を一つこぼすと、ピアノの上に広がっていた楽譜をぱんっと閉じて片付けた。

「そろそろ次の授業だ。心配しなくても、完璧になるまで教え込んでやる」

「はい…」

返事をしてからのろのろと立ち上がり、椅子を押し込む。
頭の中では様々なオタマジャクシたちが踊り狂っている。会議は踊るだ。いや、本当に無意味でしかない。頭の中で踊って存在を主張されても僕にはどうすることもできない。溢れる音をきっちりと並べて奏でるほどの甲斐性が僕にはない。自分で言って悲しくなる。
防音対策で壁の厚い部屋を出て、アレクサンドルと並んで廊下を歩く。それだけで周りの生徒たちから視線を集めてしまう。
ホウプは、そっと横を歩く綺麗な顔をした同級生を見やった。アレクサンドル=シェレメート。シェレメート家の当主であり、母方の伯父が経営しているバーティン商会の次期跡継ぎ。なんでも、ものすごく偉い人らしい。確かに家は大きかったし、揃えられている調度品も素人目にわかるほど一級だった。しかし、アレクサンドルはアレクサンドルであって、そんな遠い雲の上の存在ではない。彼は今確かにここに存在していて僕の横を歩いている。
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