‡ZERO‡

Act.15 漆黒トラジコメディ
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僕も、大好きだよ、―――。

歓喜するような声。泣きそうなほど嬉しいのだと分かる。
どこまでも気高いあの人が、膝を折って泣いている姿を思い浮かべて、胸に何か黒いものが新たに生まれるのを感じた。
どうして。どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
貴方は、俺たちにはそんな風に接してくれなかった。欲しかったのは、契約でも信用でもなく、ただ貴方の声だったのに。
愛されなかった必要じゃなかっただから捨てられた。
そして、貴方はただ一人脆弱な人間を選んだ。
ああ、頭が痛い。吐き気がする。
貴方とひとつになれればきっと、こんな些事な痛みなど甘美な快楽へと変わるはずなのに。
どこにいるのですか、朱雀様。
目を開けて、手を伸ばす。冷たいガラスの感触。この向こうにきっと、あなたはいる。



漆黒トラジコメディ



「アイツが付き合ってるなんて話、どう考えても嘘でしょ。ありえないわ」

ソーロは、デミグラスソースのかかったオムライスをつつきながらホウプの問いに応えた。オムライスは、つつかれた衝撃でふるふると半熟の卵が震え、重力に耐えきれずてろんと皿の上に落ちた。それを見ていたソーロは、その卵を律儀に元の場所へと戻すと、再びオムライスを少しだけ掬い上げて口へ運んだ。
シスタのことをそれとなく聞いてみたのだが、皆返ってくる反応は一様にして同じだ。そんな事あり得ない。と返ってくるだけ。
人のベッドを強奪し、見事に丸一日眠り続けたあとに起きた本人を問いただしても、さぁどう思う?などとふざけた答えしか返ってこなかった。恋人ではなかったから、あんな風に切り捨てられたのだろうか。
恋人だと思っていたのはシスタだけだった。というのが、皆の話を総括して出た結論だった。

「あの、付き合うのがあり得ないってどういうことなんですか?」

「……オブラートに包んでいうと、アイツはあっちにふらふらこっちにふらふらしてて、何人も仲の良い女がいるってとこよ。いつか刺されるわよ、アイツ」

まぁ、つまりは節操なしね!とソーロは声高に叫ぶ。
ソーロの後ろにいた部下二人が、その声にびくっと肩を震わせて辺りを見回している。
ホウプは苦笑いをこぼしながら、書類を纏める仕事へと取り掛かった。
今は、お手伝い中だ。そのため、ここはいつもいる自室ではない。立ち入り禁止区域にある三幹部の執務室だ。
なんでも、普通の軍人ですらおいそれと入ることは出来ないらしい。ソーロの後ろに控えている軍人は、直属の部下だからそれを許されているようだ。
何日も過ごしているうちに、三幹部の二人だけでなく、彼らのような三幹部直属の部下の軍人たちとも親しくなっていった。だからこそ、こんな風にこの場所で仕事を手伝うことができる。ソーロの後ろにいる部下のお二人とは、もう何度かお茶をしている仲だ。
ちなみにソーロは今、昼食のために休憩中。決して勤務時間中にオムライスを貪っているわけではない。
ここで過ごして群を抜いて驚かされたことは、彼らの食生活だ。栄養剤という薬みたいなものと水しか摂っていなかった。なんでもそれで、栄養もしっかりと摂ることができるだけでなく、満腹感も得ることができるらしい。が、そんなもので大丈夫なわけないじゃないか。せめて、お世話になっている三幹部二人の分くらいはと、食事を作らせてもらっている。
最初は、食べてもらえないだろうと思っていた。いくら仲良くなったといっても、自分達は敵同士だ。毒を盛っていると疑われるだろう。食べてくれたとしても、毒味役を通してから、咀嚼されるだろう。そう思っていたのだが、ソーロと黒騎士は持ってきた料理を躊躇なく口にした。こちらの方が慌てて、思わず料理をとりあげてしまったのは苦い思い出だ。そんなに信用されているという事実に、嬉しくて泣きそうになったというのは秘密にしておきたい。
ホウプは、纏めた書類をソーロのデスクに置いた。一番上の書類は重要なので、食事を終えたソーロへ直接手渡した。
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