‡ZERO‡

Act.9 誰かが死んだ日
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__アンタが、アンタが役立たずだからッ!何で、何でよ!アンタあの男の子供でしょう!?なのに何で欠陥品に生まれてきたの!?


ああ、もう五月蝿ぇ。
眠いから寝かせてほしい。ここ暫く仕事で寝てない。


__そうよ、アンタがいるから!アンタのせいよ何もかも!この悪魔、死ね!死ね!死ね!


__アンタなんか生まなければよかった


そーかよ。
いいから、黙ってくれ。
金切り声が不快で仕方ない。女の叫ぶ声は好きじゃない。あの女を思いだすから。
嫌なら放っておけばいいのに、あの女は俺を繋ぎたがった。親だからとかそんなくだらない理由で。
殺したいとか憎いとか思わなかった。ただ、五月蝿くてしょうがなかった。一言で言うなら、面倒くせぇ。
黙ってくれよ。嫌なら鎖を解いてくれ、声が聞こえないようにどっか行かせてくれ。
ああ、そういえばあの女は俺の名前を一度も呼ばなかった。だから、俺は俺の名前を知らない。
『グレイ』だとか『ノヴァ』だとか、そんな偽名ばかり幾つもあった。
今は便宜上『ゴート』で落ち着いているが、必要な時はいつでも違う誰かになれる。
名前なんてどうでもいい。邪魔なだけだ。
それなのにまだ、あの声が頭から離れない。俺は、アンタもどうでもいい。どうでもいいから、いい加減黙ってくれ。
真っ赤に彩られた爪が喉に食い込む。ああ、もう面倒くせぇ。





気怠い身体を引きずるようにベッドから起きる。窓の外は暗闇。深夜と称して差し障りない時間帯だ。
何時間寝たのか定かではないが、まずったなとぼんやり思う。やはりというか、隣にいる女は眠る前に見た女と一緒だった。どうやら、女の胸に顔を押し付けたまま寝ていたらしい。どおりで夢見が悪いわけだ。
肌寒さを感じ、服を手繰り寄せる。ずるずると引きずってきた服に袖を通そうとした途端、細い指がそれを引き止めた。


「珍しく居てくれたと思ったら、帰るの?」


引き止めるようなそれではないことに、ゴートは小さく笑った。
ふらふらと渡り歩いている中で、この女だけは少しだけだが他より付き合いが長い。金が絡むわけではないし、あっさりした性格なのでこんな関係を続けるには良かった。


「俺が帰らないと困るのはアンタだろ。旦那サンに怒られるぜ?」

「いいわよ。風みたいな貴方が執着してくれるなら、旦那くらいほっといても」


女はゆっくりと起き上がり、悪戯っぽい瞳でゴートを見つめる。そのまま近づいてくる顔を眺めていたら、首筋にぴりっとした痛みが走った。
おいおい、マジかよ。
恐らくくっきりと残っているであろう痕を押さえながら、呆れたように女を見る。
くすくすと悪戯が成功した子供のように笑う彼女は、自分より年上に見えなくて、先程まで抱いていたのは本当に彼女だっただろうかと自問する。当たり前だ、くだらない。
嘆息を零しながら、手繰りよせていた服に袖を通す。
彼女から女の顔に戻るその刹那、幼い子供でも育ちきった女でもないあやふやな危うさを孕む表情に、ぞくりとする。自分の性癖はまっとうだと思っていたが、ややサディストの気があるかもしれない。今身体に駆け抜けた衝動は、間違いなく嗜虐からくるものだった。
趣味悪いと呟いて身支度を整え、挨拶もそこそこに部屋を出ようとするが、女の笑い声に知らず振り返っていた。


「貴方、誰かに本気で恋すればいいわ」


笑みを浮かべ女は続ける。


「恋じゃなくてもいい。誰かに愛され、愛したくなればいいのよ。貴方みたいな最低な男、誰かを愛そうとしたとき愛せなくて泣けばいいわ」

「冗談。それに、その最低な男に付き合ってくれてるのは誰だよ」


自嘲気味な笑みをうかべたまま、女が立ち上がり、すっと頬を撫でてきた。


「見てみたいのよ。この空虚な目がどう変わるのかを」






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