‡ZERO‡

Act.9 誰かが死んだ日
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羽をなんとかしたい。
ホウプは、難しい顔をして背中にある羽を睨んだ。覚醒してから生えてしまった羽は、正直邪魔だ。羽があっても飛べない。あげく、団の皆から弄られてしまう。
存外に触り心地がいいらしい羽に、皆もふもふと顔を埋め、さわさわと触ってくる。感覚神経が集中しているらしいそこは、少し触られただけでも身体が跳ねる。下手に手荒く扱われるととんでもなく痛い。
どうにかしなければならない。切実に。
あと、羽根が飛び散るから掃除が大変なのだ。
今のところ、神父のところに行って教えを乞うしか方法がない。
久しぶりの外だ。しかし、問題になるのはやはりこの羽。外を歩くには目立ちすぎる。流石に仮装だとごまかしきれないだろう。
仕方なく、かなり不格好で怪しくなるが、砂漠越えをするようなフードを頭からずっぽり被ることにした。羽のある部分が奇妙に盛り上がるが、荷物だとごまかせないこともない。
よし、完璧ですっ!
そうして息揚々と出かけた数10分前の自分を憎みたい。
目の前にはガラの悪い若い男達。路地裏に誘導され、荷物を渡せと脅されている。こんな大荷物(に見える)ので、金目のものが入っていると思われても仕方ない。
しかし、どうしよう。見たところ相手は武器も持っていないし、腕が立つわけでもなさそうだ。下手に手を出すと相手に怪我をさせかねない。
ならば、これしかない。


「さっさと荷物を渡……ぐッ!」


周りを取り囲んでいた男の一人の腹に蹴りを叩き込む。そして一目散に逃げた。逃げるが勝ちだ。
息を吐き出しながら、細い裏道を走る。しかし、後ろから押され腕を掴まれたせいで地面に顔を強打した。地面に額を擦りつけながら振り返れば、やはり先程の男達がいた。これでは、魔術を使わなければならないかもしれない。
集中しようとした途端、男達の手が乱雑に羽を掴んだ。手加減なしに掴まれ、叫ばなかった自分を褒めたたえたい。
痛い。とんでもなく痛い。
叫ばなかったが涙目だ。本気で止めてほしい。


「あん?何だこれ、荷物か?」


違います違います違います。だから離して!優しく扱って!
叫びたい言葉は、痛みで飲み込みざるを得なかった。
誰か来て彼等を説得してくれないだろうか。しかし、誰かが誰でもいいわけではない。ちゃんと人を選んでほしい。
聞こえてきた声に、耳を疑った。


「何やってんだ…?」


顔をあげると、青が揺らいでいた。
恐怖より怒りが先立つ。


「睨むなよ。ほら、助けてやるぜ?」


声と共に闇が男達を吹き飛ばす。命に別状はなさそうだが、どうやら気絶してしまったらしい。
起き上がり、じりっと後ろへ後退する。
目の前にいる男が、楽しげに笑った。その目が逃げ道を塞ぐように後ろへ向けられる。
塞がれる前に逃げようとした足が、地面に縫い付けられて動かなくなった。驚いて下を向けば、彼の纏う闇が足に纏わり付いていた。ゆらりとゆれるそれが、酷く恐ろしく感じられて、近づいてくる彼に気づくのが遅れる。
気がつけば距離を詰められ、翡翠の目が自分を見下ろしていた。


「よぉ、久しぶり」


穏やかな挨拶を切るように、拳銃に手を伸ばす。闇に腕を拘束されたが、引き金さえ引ければ問題ない。
思い切り引き金を引くと魔術が弾け、ゴートは闇と共に後ろへ身を引いた。
ホウプは、再び引き金を引く。手加減なしだ。飛び出した銃弾が光を纏い、十字架となってゴートを襲う。


「オイオイ…。いきなりかよ」


ホウプは再び引き金を引き、光の刃を掴んで走り出す。
戦闘能力で差があるのは確実。ならば、先制を仕掛けて切り込むしかない。
地面に突き刺さる十字架を蹴り、懐に飛び込む。すぐに避けられたが手応えはあった。しかし、刃についているのは闇の残骸だけ。
後ろから闇が切り掛かってくる。それを刃でいなすが、長くは持たない。あまり弾の入れていないので弾切れが心配だが、下手に出し惜しみすれば確実に負ける。
引き金を引き、防護壁を創る。
顔をあげると、ゴートがこちらをじっと見ていた。居心地が悪くなり、顔を反らす。反らした視線の先、地面を闇が這っていた。
しまったと思う暇もなく拳銃を飛ばされ、崩れた身体を締め上げて、魔術が使えないよう口を塞がれる。
カツカツと地面を歩く音が聞こえ、ホウプはそちらを睨み据えた。
ゴートは地面に落ちた拳銃を拾いあげ、興味深そうにそれを眺める。


「拳銃に彫り込んだ陣と、弾に描いてある陣が重なり合うことで魔術陣が完成するのか。考えたな」


魔術が使えないというわりに、知識はあるらしい。
闇がごそごそと懐をさぐり、弾が奪われる。さらに、サバイバルナイフや護身用のハイスタンダード・デリンジャーまで奪われた。完全に丸腰だ。
何をされるか検討もつかない。緊張で身を固くした瞬間、するりと闇が引いた。
自由になった身体を動かし、注意深くゴートを見上げる。


「どういうつもりですか…」

「ちょっとした野暮用だ。付き合ってもらうぜ」

「貴方みたいな人について行くほど馬鹿じゃありません。用があるならここでどうぞ」


溜息が聞こえ、むっとしてゴートを睨んだ瞬間、顎に拳銃を突き付けられた。
ゴートが腰を屈めているせいで、真っ直ぐ目線が交わる。


「物分かり悪いな。別にこのまま連れてって軍で監禁してもいいんだぜ?」

「……どっちにしろそうするんでしょう」

「まぁ、多分な。でも今日は個人的な話だ」

「貴方と話すことなんてありません、死んでも嫌です。さっさと帰ってください」



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