‡ZERO‡

Act.9 誰かが死んだ日
3ページ/24ページ



ぱしんっと顎に突き付けられている拳銃を払う。
ゴートは溜息をついて、面倒臭そうに指を鳴らした。疑問に思うのと同時に、身体が動かなくなった。闇が纏わり付いて、自分の意志とは関係なく身体が動く。
いくら叫んでも無視され、あげくゴートは勝手に歩き出した。闇はまるで犬のようにゴートについて行く。そのせいで、ホウプは泣こうが喚こうが、闇に引きずられるように連れていかれてしまう。
周りに人がいる以上、下手に魔術も使えない。
こんなの拉致だ、誘拐だ。しかし、傍目には自ら進んで目の前の男についていっているように見えるのだろう。
行きつけの煙草売りのおばちゃんに挨拶され、「今日は若い人連れてるのねー」などと朗らかに言われてしまった。
違うんです、誘拐されてる最中なんですと言いたくなったが、傍からはそう見えないためなにを言っても無駄だ。
それにしても、とホウプはじろりとゴートを睨んだ。
最初会った時はそこそこ会話が弾んだ気がするが、今はお互い無言。別に喋りたいわけではないが、この落差に居心地が悪くなる。
何を考えているのか分からない顔でぼーっと空を見ながら、時折思い出したかのように振り返ってくる。基本的に無口なんだろう。でも、何も喋らないまま、どこに行くかも分からないままついていくのは不安だ。せめて行き先が知りたい。


「どこに行くつもりですか?」


………無言。
いや、いいですけどね。
ホウプは、もういいとばかりに顔を反らした瞬間、ゴートが振り返った。


「悪ぃ、なんか言ったか?」


泣きたい。
ホウプは、ぐっと唇を噛み締めて堪えた。


「拗ねんなよ、俺より年上だろ?」

「じゃあ、年上を敬ってください」

「生憎と年功序列はもう終わったんだよ」


身体が自由だったら殴りたい。
年下はもっと可愛く慈しむような存在ではなかったのか。
可愛くない、可愛くないと呪詛のように呟く。
だが、少なくとも彼の国では年功序列社会は終わったのだろう。目の前の年若い男は確か、少将相当官だと言っていた。もう一人のデルタ三幹部の彼も、少将というには若い。
ふいに、背を向けていたゴートがこちらに向き直り、ホウプはびくっと肩を震わせた。庇うように彼の後ろへ押しやられる。
暫くすると、馬車が物凄い勢いで突っ込んできた。どうやら馬が暴走してしまったらしい。
真っ直ぐこちらに向かって突っ込んでくる馬車を見て、ホウプは悲鳴を上げる。
周りの喧騒、馬の唸り声、全ての音が失せた気がした。それと同時に、低く耳障りのいい声が響く。
闇が地面を蠢き、馬の動きを一瞬で止める。気のせいではなく、その一瞬、全ての音が失せていた。
ゴートは溜息を吐き、目の前で止まった馬を落ち着かせるように撫でた。ぶるるっと馬が短く鳴き声を上げ、ゆっくりと身体から力を抜く。
気がつくと、闇はもうこちらに戻っていた。


「大丈夫か、ボーズ?」

「……はい」

「それならいい」


無表情のままそう言われ、礼を言うタイミングを逃してしまう。
御者から人が降り、頭を下げてきた。ゴートは、面倒そうにそれをあしらおうとするが、その前に馬車の扉が開いた。
中から出てきたのは男の子と女の子の二人組だった。人形のように美しい、というのはこういう時に使うのだろう。ホウプは、よく顔の似た彼等をまじまじと見つめた。
男の子が、腕に抱いたウサギのぬいぐるみと一緒に首を傾げながら笑う。


「おにいさんたちが助けてくれたの?ありがとぉ」


邪のない笑顔にほだされ、ホウプは無意識に笑みを浮かべる。可愛い、素直ないい子だ。
女の子が男の子につられるように笑みを浮かべた。


「ねぇ、お礼がしたいからうちに来て?」


気持ちは有り難いが、と口を開きかけたホウプを無視して、ゴートはからりと笑みを浮かべた。


「へぇ、それじゃ寄らせてもらうか」

「は!?ちょ、何勝手に……」


見えないように睨まれ、冷たい眼光に口を閉ざすしかなかった。
彼の浮かべる笑みは、本性を知ると胡散臭くて仕方ない。しかし、子供達にはそう見えなかったらしい。もう一台あった馬車に、にこにこと押し込められる。
頼む、狭い空間にこの人と二人だけは嫌だと暴れたが、闇に身体を締め付けられ断念した。
ゴートは物おじせず、坐り心地の良すぎるであろう椅子に座り、目線だけでホウプに座るよう促す。
しぶしぶ自分の意志で腰を下ろすと、ずいっとゴートの顔が近づいてくる。のけ反って顔を離そうとするが、くぐっとさらに距離を詰められた。
何やら思案し、そしてゴートは真顔のまま口を開く。


「ちょっと兄さんって呼んでみろよ」

「は!?いやですよ!貴方みたいな兄さん御免被ります」

「知り合いっていうには見た目歳離れてるからな。なら、兄弟が妥当だろ。怪しまれないし、ちょうどいい」

「僕と貴方のどこが似てるんですか」


じっと責めるように見つめると、「顔は似てない」と至極真っ当に返された。


「へぇ、分かってねぇんだ?」


口角だけ僅かにつりあげて笑う、彼本来の笑い方。
背筋が凍りそうな目線は、決して責めるような色を孕んでいないのに目を反らしたくなる。それは何故か、考えないようにしていた。


「俺とお前、根底は同じだ。打算的で無関心。だが、俺とお前は違いすぎる。生き方、環境それだけでこんなにも変わる。人間は不便だよな」


思わず、彼に掴みかかる。
何をそんなに諦めているんだと問い質してやりたくなった。彼の瞳に映るのは、絶望でも希望でもない。
見えない壁の奥に彼はいるのだろう。たった一人で。
ちりっと記憶の端が焦げ付いた。
無造作に散らかされた空間、その中に溢れるピアノの音。そこにいる誰かは、楽譜に落としていた視線を上げて笑う。
”おかえりなさい”
弾かれるように目を見開くと、ゴートが笑っていた。


「感情的になるなよ。俺は、世界に絶望なんかしてない。何も期待してないだけだ。お前も同じだろ、朱雀」


違うと言えなかったのは、そういうことなのだろうか。
昔の自分は、彼さえ愛せたというのか。昔の自分ならば、抱きしめることができたのか。
答えは恐らく否。
彼はそれを望まない。彼に必要なのは「 」ではない。
とんっと肩を押され、よろけながら椅子に逆戻りした。
ゴートはもう興味が削がれたのか、つまらなさそうに外へ目線を向けている。
太陽に照らされ、海にも空にも見える彼の髪は、綺麗な青をしているのに、かなり適当に扱われていることがすぐに分かる。さらさらと風に靡く、重力を無視して四方へ向く凄まじい癖のある髪。自分も人のことは言えないが、寝癖くらい直した方がいい。彼は直す気すらなさげだ。
眠たげに、ゴートは目を細める。闇がその眠りを守るように足元で揺らめいた。
いつもの気だるそうな顔とは違い、その表情は年相応の幼さが見え隠れしている。眠さからか不機嫌そうに顔を歪めるゴートの頭をくしゃりと撫でた。寝癖が少しでも直らないかというのを言い訳に。
ぺんっと軽く腕をはらわれる。しかし、力のこもらない手は、そのままホウプの手首を掴んだ。
じっと翡翠の瞳に見つめられる。
不機嫌そうに見つめ返すと、彼はゆっくりと目を閉じた。


「おやすみなさい」





.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ