‡ZERO‡

Act.10 紅き瞳と白銀の刃
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一年中季節が変わらない国ではあるが、過ぎ去っていく月日の中で、やはり夏であったり冬であったり、うつろう季節を感じることができる。
今日の朝は少し肌寒い。恐らく、昼すぎにもなれば外で昼寝をしたくなるような気温になるだろう。
ホウプは、ぷぅっと息を吐き出して、いつものように無駄に豪華な校門をくぐった。
聖エリザベス学園。子息子女が集まる、貴族学校だ。
校舎に向かって歩いていると、たったったっと軽快な足音が聞こえてきた。それは、勢いを殺すことなくホウプに向かって突進していく。


「ホウプ〜!」

「あ、おはようございます、アークさ……ごふッ!!」


みぞうちに飛び込んできたアークレインを宥めながら、ホウプは目尻に溜まった涙を拭う。
毎度毎度、一瞬天国が見える。
アークレインは嬉しそうにじゃれついてくる。荷物袋を背負っているので、どうやら仕事中らしい。


「お仕事ですか?」

「うん、明日には帰ってくるからお菓子ちょーだい!」

「わかりました、何か作っときます」


名残惜しそうにしているアークレインの頭をわしゃわしゃと撫で、ゆっくり笑ってみせる。すると、アークレインは納得したように手を振りながら走り出した。それを見送り、ホウプは再び校舎に向けて歩き出す。
噴水に集まっている小鳥が、挨拶するように軽やかに鳴く。その中にいた一番小さな小鳥がホウプに向かって飛んでくる。しかし、すぐにへろへろと地面に落ちていった。
ホウプは慌ててその小鳥を受け止める。
掌で大人しくしている小鳥には、別段怪我のようなものは見当たらない。しかし、飛べないのだと訴えられているような気になり、ホウプは力強く笑ってみせた。
慈しむように小さな身体を撫でる。掌に光が集まり、小鳥は幻想的な光に包まれて歓喜するように羽を羽ばたかせた。


「大丈夫だよ、怖くない。君は飛べるから」


ふわりと小鳥の身体が浮き、力強く動く羽で危なげなく飛び上がる。
仲間のいる噴水へと帰る小鳥に向かって、もう一度微笑んだ。


「ちょっと貴方!」


甲高い声に驚いて肩を震わせてしまった。
聞き覚えのある声だ。
振り向くと、数人の女生徒がこちらを睨みつけていた。その真ん中にいるのは同じクラスの女生徒。名前はオペラ=D=ドルチェ。確か、軍の将校の令嬢だったはずだ。声をかけてきたのは彼女らしい。
彼女はウェーブのかかった金色の髪を揺らしながら口を開く。


「そんなものを触った手で、校舎に入る気ですの?」

「あ…えと、すみません」


オペラは腹立たしそうに、さらにまくし立てる。


「第一貴方は貴族じゃありませんわよね。そんな貴方がシェレメート様のご学友を名乗るなんて無礼にもほどがありますわ」


ホウプは、ぴくりと瞼を震わせた。
幾度も幾度も投げ付けられた言葉。権力目当ての愚民、汚らわしい。そう陰で囁かれているのも知っている。
その言葉の中に含まれるものは、アレクサンドルすら拒絶してしまう。


「……アレクサンドルは、貴方達と同じですよ?」


何も変わらない。
同じ人間で、友達なのに。「権力」という壁が周りを囲ってしまう。だから彼は、いつもあんな風張り詰めている。
オペラは目を見開いて、拳を震わせた。


「貴方なんかにシェレメート様のなにがわかるの!?」


振り上げられた手が振り下ろされる。
避けるために足を後退させようとして、止めた。
ここで叩かれた方がいい。それで彼女の気がおさまるなら。そして、この話はここでおしまいだ。
瞼を閉じる。
大丈夫だ、僕なら痛くない。僕なら傷つかない。僕なら、


「なにをしている」
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