‡ZERO‡

Act.10 紅き瞳と白銀の刃
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耳朶を擽る声に顔を跳ね上げると、アレクサンドルがオペラの手を掴んでいた。赤い双眸に見下ろされ、オペラの身体が僅かに震える。
アレクサンドルは手を離すと、そのままホウプの腕を掴んで歩き出した。
ずんずんと歩くアレクサンドルについて行けず、ホウプは何度も転びそうになってしまう。いつもは歩幅を合わせて歩いてくれるので、あまり気にならなかった足の長さの違いが如実に現れた。
しかし、この雰囲気から察するに彼は間違いなく怒っている。
オペラ達が見えなくなった頃、アレクサンドルは漸く手を離して苛立たしげホウプに向き直った。
赤い双眸に睨み据えられ、ホウプはしゅんと肩を落とす。


「……何があった?」


その言葉に思わずドキリとする。


「いつものお前なら、あそこで殴られることはしないだろう」

「…………」

「言えないという訳か」


赤い双眸が険を帯びる。
視線に耐え切れず顔を反らすと、アレクサンドルの手がゆっくりと伸びてきた。
その手が、ふいにあの男の手と重なり、大袈裟なほど肩を震わせてしまう。その反応に、髪に触れる寸前まで伸ばされた手が引っ込められた。
慌ててその手に追い縋り、そんなつもりじゃなかったんだと弁明する前に、再び手が伸び、ゆっくりと銀髪を撫でる。
優しげな手つきに、ホウプはゆっくりと目を閉じた。


「言いたくないなら言わなくていい。だが、無理はするな」


泣きそうになったのは、彼が優しすぎるからだ。
猜疑心で塗り固められた心は、それでも高貴で気高い光を燈している。自分とは似つかない強い光。
思わず俯いて目線をさ迷わせた後、ホウプは窺うようにアレクサンドルを見上げた。


「ありがとう、ございます」

「ああ」


アレクサンドルは僅かに目を細めて、優しげに笑った。それにつられて笑い返そうとして、変な笑顔になってしまった。
その瞬間、ホウプは思わず息をのんだ。殺気のようなものが、遥か彼方からとんでくる。
思わずいつもの癖でホルスターにしまい込んだ拳銃に手を伸ばして、はっとした。そこにはあるべき拳銃の重みがない。この間の出来事で、ゴートに拳銃を盗られたままになっているせいだ。
一応代わりの拳銃を持つよう言われたが、手に馴染んだあのワルサーでないと暴発させそうな気がして、代わりの拳銃を持ち歩けずにいる。
背筋に冷や汗が垂れそうになった瞬間、まるで嘘だったかのように気配が消えた。
気のせいだったのだろうか。
カチャンという音に無意識にそちらを見遣り、やはりさっきの殺気が気のせいではないと気づいた。
アレクサンドルは、サーベルからゆっくりと手を離し、何でもなさそうにホウプへ声をかけた。


「行くぞ、授業が始まる」

「はい」


視線。うなじがぴりぴりする。
ホウプは、ゆっくりと殺気を感じた方を見据えた。
そこには何もなく、どこまでも青い空が広がっている。そう、それだけのはずだ。
踵を返して遠退いたアレクサンドルの背を追う。
もう少しだけ立ち止まっていたら気づけたのかもしれない。空から舞い落ちた一枚の純白の羽根に。
それは、ついっと地面を滑ると、先程ホウプが癒した小鳥にぴたりと引っ付いた。小鳥の零した悲鳴は羽根に吸い込まれ、小鳥は羽根と共に光の粒子だけを残して消えた。
あとは、ただただどこまでも続く静寂しか残らなかった。
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