‡ZERO‡

Act.11 そして聖者は彼を犯した
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「今日、アレクサンドル休みみたいね」


リリィの言葉に、ホウプは一瞬だけ顔をしかめた。やはり、昨日の出来事が原因だろうか。怪我はしていなかったようだが、今日屋敷に様子を見に行った方がいいかもしれない。しかし、邪魔になってしまっても悪い。
物憂げにため息を零すホウプを見て、ルーシャは戸惑うように顔を伏せる。それに気がつき、ホウプはルーシャに向かって大丈夫だという風に笑ってみせた。
しかし、自分の隣の席が空いていることに、どうしても違和感がある。それに、アレクサンドルがこれから狙われてしまう可能性もあり、言い知れぬ不安が胸に積もる。なんとか、デルタに接触をはかった方がいいのかもしれない。アレクサンドルを狙った目的がいまいちピンとこないのだ。
デルタ帝国軍が狙っているのは、朱雀である自分のはずだ。アレクサンドルを人質として使うために浚ったのだとしても、あの状況では、そのまま本来の目的を達した方が理に適っている。どうしてもわからない。エースは、何が目的だったのだろう。
アレクサンドルや周りの人たちを巻き込まないためにも、やはり今日エースに話を聞くしかない。しかし、どうすれば安全に情報が聞き出せるのだろうか。下手に遭遇してしまえば、この前のようなことになりかねない。それだけは避けなければいけない。
深刻そうに顔をゆがめるホウプを見て、ルーシャは人形から顔をあげた。

 
「心配…?」
 
「そうですね、はい。心配です」

 
ルーシャは再び人形に顔をうずめ、納得したように頷いた。
からりと教室の扉が開いた音に、ホウプはルーシャに向かって伸ばしていた手を止めた。
来た。
嫌な汗が流れる。上手く呼吸ができていないような気がする。
扉をくぐった人物はゆっくりと眼鏡越しに教室を見まわし、ホウプに目をとめると少しだけ口元を歪めて笑ってみせた。

 
「ホウプ?」

 
リリィが心配そうに声をかけてきてくれたが、それに応える気力もない。
心臓が張り裂けそうなほど鳴る。息ができない。苦しい。どうして、と小さくつぶやくことしかできなかった。
眼鏡と白衣を纏った教師は教室の四方から向けられる視線を気にせず、ゆっくりと数学の教科書で教壇を叩いてみせた。


「今日エース先生の代わりに一日だけ講師を勤めるワルダー=アークロイトだ。よろしくな」


嘘つき。
ホウプは半ば倒れそうになるのを、気力を振り絞って耐え、教壇に立っている人物を睨み据えた。
デルタ帝国軍デルタ三幹部。翡翠の目と青色の髪をした、最も会いたくない人物がそこに立っていた。




【Act.11 そして聖者は彼を犯した】
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