‡ZERO‡

□Act.14 アダムとエヴァ
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獣のような叫び声がひっきりなしに口から漏れ出ているのが分かる。
痛い、苦しい、痛い。
目尻にたまった涙が、輪郭を伝って流れ落ちる。
仰け反りながら痛みに跳ねる身体を、面白がるように影が見つめる。
痛みのあまり握りしめた手。掌を爪が傷つけ血が滴り落ちる。
魔力が吸いとられる。記憶を引っ掻き回される。
機械に繋がれた身体は、もはや搾取されるだけの存在でしかない。
魔力が制御できない。
再び叫び声をあげた瞬間、背中から緩やかに羽が伸びた。羽は自衛するように身体を包み込み、影から身体を隠す。しかし、影は羽を掴みあげ無理矢理床へと叩きつける。
羽が地面に擦り付けられる感覚に、声をあげる。
痛い。痛い、痛い。
記憶が走馬灯のように流れていく。
気がつけば頭の中、記憶の番人のように佇む聖母の扉の前へと連れていかれた。真っ白な扉の前、ありえないほど煩い心臓を落ち着けようと服を握りしめる。蹲り痛みを逃がそうとするが上手くいかない。
扉を無理矢理開かれる感覚。記憶の濁流。狂ってしまいそうだ。
痛い。苦しい。気持ち悪い。
蹲り惨めなほど涙が零れる。
ただ強すぎる痛みに呻いていると、気付かぬうちに、見知らぬ誰かが目の前に立っていた。"彼"は、なにも言わずこちらを見下ろす。
情けない。
そう思いながらも、無意識に目の前にある存在に縋る。足に掴まると、そっと目を伏せられる感覚。自分よりも小さな存在に情けないほど救われているその事実。
強く在りたい。誰よりも"彼"の前では。けれど、駄目だ。偽れない、強いまま居られない。
声が掠れる。涙が止まらない。痛い。苦しい。壊れる。このままじゃ、僕は。
だから、お願い。

「……たすけて」

そう呟いた瞬間、痛みが身体からひいていく。
此方を見下ろす影達はもういない。
かちゃんという音と共に枷が外れる。床へと落ちたそれは、甲高く鳴いた。
誰かが、こちらへと手を伸ばしてくる。
誰だろう。掠れた視界と、鈍った五感では判断がつかない。けれど、触れた指先の熱に強ばった身体が緩むのを感じた。
布をかけられ、抱き上げられる感覚。近づく体温に安堵する。
出来るだけ笑顔をつくる。笑えて、いるだろうか。今はちゃんとした感謝を伝えられないから。せめて。
頭を撫でられ、髪を梳かれる。
それがとても心地いい。疲弊した身体が休めと訴えかけてくる。けれど、それは受け入れられない。もう少しして意識がはっきりしてきたら、お礼を言わないと。この人に。
眠気に抗っているのが分かったのか、上から小さな笑い声が降ってきた。
眠ればいい。そう言われる。
起きたら、また会えるから。だから、いまは休めばいいと笑われる。
いいのだろうか。でも、起きたらまた会えると言われた。なら、いいかもしれない。また、この人に会えるなら。
目を閉じると暖かな闇が身体を包み込む。数秒たたぬうちに、意識が闇に紛れて消えた。




淡い光と見知らぬ天井。
目を覚まして見えたのは、それだった。
染み一つないのではないかと疑ってしまうような、どこか異常ささえ感じる天井に圧迫されるような気がする。居心地が悪い。
唯一暖かみを感じられるのは、部屋全体を包む淡い照明だけだった。
ホウプは、小さく呻きながら痛む頭を押さえようとする。しかし、チャリッという金属が鳴る音に目を見開く。
持ち上げた手には鉄の枷が嵌められ、そこから伸びる鎖によって両手を繋がれていた。
どうして、こんなもの。
上手く呼吸ができない。目を見開くホウプの傍らに誰かが立った。

「アンタねぇ、起きたら声くらいかけなさいよ」

派手な金色の髪に、目立つ赤いコート。
ホウプは、知らず喉が引き攣るのを感じた。
彼は、デルタ帝国軍デルタ三幹部の一人。その瞬間、甦るのは叫びだしそうな痛み。
痛い、痛いと叫んでも彼らは"デルタ帝国軍の兵士達"は、嘲笑うだけで止めてはくれなかった。嫌だ。もう、あんなのは嫌だ。無理矢理力を奪われ、記憶を全て暴かれるような、あんな。
何も言わないホウプを不思議に思い、ソーロは手を伸ばした。

「ねぇ、ちょっと」

ソーロの手がこちらに触れた瞬間、恥もなく叫び声をあげ、その手を振り払う。
逃げたい。それなのに、震える足には力が入らない。
蹲りガタガタと震えるホウプを見て、ソーロは溜め息を吐いた。

「まぁ、無理もねーわね。流石のアチシでもヒくようなエッグいことされてたし。そりゃ、トラウマもんよねえ。やっぱ、あんな平脳ミソ共連れてこなきゃ良かったわ。あああ、なんか思い出すとムカッ腹立つわねぇ!キィィィ!」

一人でぎゃあぎゃあと騒ぎ出したソーロを見て、ホウプは目を瞬く。
いつの間にか震えは止まり、恐怖しか映さなかった瞳は、純粋すぎるほどの好奇心で輝く。

「あ、あの…」

「あん?何よ」

「もしかして、助けてくれたんですか?」
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