‡ZERO‡

Act.15 漆黒トラジコメディ
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「ん、ありがと。そろそろ休憩しなさい」

「じゃあ、お言葉に甘えてお茶いれてきます」

ホウプはソーロの机から空いた皿を下げると、足取りも軽く給湯室へと向かう。
その様子を見ていたソーロは、はぁとため息をこぼした。
給湯室から帰ってきた子供の手には、間違いなく人数分のお茶と茶菓子をのせた盆があるだろう。いつもそうして、休み時間いっぱいまでお茶をくんだり、資料を片したりしているのだ。
これでは、手伝いというより普通の仕事だ。給料やらないと罰あたるんじゃないのと眉間の皺を深くしたソーロは、判子を捺した書類を部下へと渡した。

「急ぎの書類はこれで終わりでしょ。アンタ等も休憩入っていいわよ」

「いえ、少し気になる案件がありますので此方が終わってから」

表情を険しくした部下に違和感を覚え、ソーロは椅子から立ち上がり部下の傍らに立った。

「どうしたの?」

「はい。実は、第3支部が…」





ホウプは茶と茶菓子を用意しながら、ぼんやりと考え事に耽った。
ボタンひとつで湯まで沸く機械にも漸く慣れ、最初のように無駄に時間をかけることなく茶を用意することができる。このままでは、人間がすることなどなくなってしまうのではないのだろうか。
要らない思考をしている方が余程楽だ。しかし、思考は確かに今ある案件を引きずり出してくる。気のせいだと言い聞かせても無視できないほど、その出来事は大きな意味をもっている。
青い髪をしたデルタ帝国軍デルタ三幹部の一人である彼に本音のようなものを漏らされた時、今までにないほど記憶が震えるのを感じた。
自分は神様なんかではなく、「ZEROの隊長であるホウプ」でありたい。例え現実がそれを許さなくても、人間として存在していたいと思っているのに。あの瞬間、間違いなく自分は人間ではなく「朱雀」という神としてそこに立っていた。そして、歓喜したのだ。彼の言葉ひとつで。


僕も、大好きだよ、―――。


ぐしゃり。という音で正気に戻る。
目線を下げると、そこには見るも無惨な茶菓子の姿。思わず力を込めて、握りつぶしてしまったようだ。
心の中で茶菓子に侘びながら、潰れたそれをもそもそと咀嚼する。
にゃんという鳴き声に視線を下げると、そこにはあの子猫がいた。久しぶりに見た顔に嬉しくなり、ホウプはしゃがんで猫を抱き上げた。

「久しぶりですね」

猫は黒騎士が飼うことになった。自室にはあと二匹猫がいるので、あと一匹増えても変わらないとのことだ。多忙な黒騎士の代わりに、彼の部下逹が猫の世話を引き受けているらしく(彼が部下に、どれほど慕われているのかよく分かる。彼らはすすんで猫の世話をしているのだ)ホウプも手があいていたらそれを手伝っていたのだが、最近はソーロの手伝いをしていたので、この猫と会うのは久しぶりだった。
部屋から抜け出してきたのだろうか。ドアを開けっ放しにしてしまったのかもしれない。しっかりしている黒騎士や彼の部下らしくなくて、微笑ましく思う。
お茶の前に、この子を部屋へ戻してこよう。そう思い、子猫を抱いて黒騎士の部屋へと向かう。
最初は立ち入り禁止区域だったはずの廊下を悠々と歩く。中枢をなすような部屋以外は、ほとんど入ることを許可された。それを今さらながら不思議に思う。
彼らとさらに接点を持つようになって、様々なことを知った。そうするうちに、彼らが敵であるということを忘れそうになる。
出来れば戦いたくなんてないのに。
彼等は「朱雀」と共に彼方の世界へ帰ろうとしている。けれど、僕は此方の世界でZEROの皆や友達と一緒にいたい。それに、どうしても一部から向けられる憎悪や畏怖の感情が気にかかる。信仰の対象を憎むようになる理由とはなにか。それを聞いても、彼等は困ったように笑うだけだった。
僕は、その理由が知りたい。そうすればきっと、何故彼等がこれほど「朱雀」を必要とするのか分かる。もし、その理由さえ分かれば僕も彼等に協力できるかもしれないのに。悪用さえされなければ、ちゃんと彼等に協力できる。だから、理由が知りたかった。そうすればもう争わなくても済む。
ホウプは、自嘲を浮かべた。
きっと、それは叶わぬ願いだ。おそらく彼等は口止めされている。箝口令がある以上、軍に殉じる彼等が口を開くとは思えない。
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