‡ZERO‡

Act.16 パラダイム・ロスト
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しかし、監視されているのだから自室だからといって気が休まるわけではない。寧ろ、ソーロや黒騎士の傍にいた方が随分と安心する。
部屋に入り、しっかりとロックをかけてからベッドへ倒れこむ。黒騎士から貰ったぬいぐるみを抱き締めながら、見慣れてしまった天井を何とはなしに見上げた。
ここに来て随分経った。2ヶ月は過ぎていないはずだが、1ヶ月はゆうに過ぎている気がする。
本来なら、実験動物のように鎖に繋がれ牢屋に閉じ込められていてもおかしくない。しかし、三幹部の彼らのおかげで殆んど不自由なく暮らしている。そのせいで、中々反抗や抵抗をする気がおきない。トイレに行くときやお風呂に入るときに、ぴったり護衛がついていた時は流石に不平を訴えたが、それ意外まともに反抗した覚えはない。これではまずいと思いながらも、ずるずると生活を続けているうちに残念ながら完璧にほだされてしまった。ソーロさん黒騎士さん好き。すごい優しい、常識人でいい人、あと強いカッコいい。
敵対関係の人に対する感情ではない。そうは思うけれど、吃驚するほど優しくて温かい人達なのだ。だから、仕事だってできる限り手伝いたいし、出来れば無理をしてほしくもない。しかし、敵対関係である限りこの感情は邪魔にしかならない。一瞬の躊躇で大切な仲間を失う訳にはいかない。敵対している以上、彼ら三幹部を責める筋合いはないのだから。
どちらも大切だからこそ迷ってしまう。白黒ハッキリ決まっていればこんなに悩む必要もないのに。

「……上手く割り切れないなぁ」

ポツリと吐き出した言葉は、誰に聞かれることもなく掻き消えた。
起きていても悪いことばかり考えてしまう。取り敢えず仮眠でもとろうと、布団に潜り込んだホウプの耳に喧騒が届いた。
なんだろうと頭を上げる。
外から聞こえてきているようだが、今までこんなことはなかった。大概は、誰もいないのではないかと疑うほど静かだ。
何となく気になってしまい、ベッドから身体を起こすとそろそろとドアを開けた。少しだけ開いた隙間から外の様子を窺う。廊下をばたばたと兵士達が駆けていく姿が見えた。その顔は皆一様に焦燥を含んでいて気にかかる。嫌な予感がするのを感じながら、ホウプはするりと身体を滑らせて廊下へ出た。
先程走り去った兵士達の後を追う。後を追ううちに、立ち入ったことのない科学技術区域にまで来てしまった。しかし、程無くして人だかりが出来ている部屋までたどりついた。
人だかりの中に見知った顔を見つけたので声をかける。

「なにかあったんですか?」

振り向いた短い茶色の髪をした男は、黒騎士の部下だ。執務室で共に仕事をしただけでなく、幾度か道案内もしてもらった。ソーロの部下ほどではないが、親しくさせてもらっている。
男はホウプに気がつくと、慌てたように口を開いた。

「危ないのでお戻りください!」

怪訝に思う暇もなく、爆発音と悲鳴響いた。扉から火の手があがり煙が辺りを包む。
部屋から飛び出してきた研究員は炎にまかれており、周りの兵士達が水をかけている。
扉には第一研究室と書かれている。恐らくなにかの実験中に誤って火事を起こしてしまったのだろう。しかし、それなら「すぷりんくらー」というものが火を消すらしいのだが、それが作動した様子もない。
ホウプは、口許を押さえながらなにか手伝えることはないかと辺りを見回した。しかし、辺りの兵士達は燃え盛る火を見詰めるばかりで動こうとしない。部屋から出てきた研究員を手当てしている程度だ。
魔術で水を生み出して消火すればいいはずだが、それをしないのを見る限り部屋の中にある科学薬品を懸念しているらしい。もし、何かが水と反応してしまえば状況は悪化する。
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