‡ZERO‡

Act.16 パラダイム・ロスト
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そうして手をこまねいている内に、部屋の中から助けを求める声が響いてきた。悲痛な声が、時折炎にまかれて消える。
いてもたってもいられなくなり、ホウプは後先考えず部屋の中へ飛び込んだ。
あり得ないほどの熱さに身体が包まれ、熱さに驚いている間に服に火が飛びうつった。慌てて上着を脱ぎ捨て、助けを求めて叫ぶ声へ向かう。
大丈夫、落ち着け、大丈夫。朱雀って炎の神様らしいから、炎には強いはず。というか強くあって、今だけでいいから。
死の恐怖と隣合わせの状況にパニックに陥りそうになるのを、そう言い聞かせながら何とか進んでいく。やがて、倒れた棚に足を挟まれた研究員の姿が見えた。
良かった、まだ生きている。
棚を起こすため近くにあった金属の棒を掴むが、肉が焼けるほどの熱さに棒を取り落としそうになってしまう。しかし、なんとか棒を握りしめる。掌から嫌な音が聞こえたが無視する。
それを隙間に差し込み、勢いをつくて下へ押すと梃子の原理で棚が持ちあがった。
熱で掌にはりついた金属の棒を無理矢理引き剥がすと、血が大量に吹き出て床を汚した。痛みに悶絶しながらも、なんとか棚に押し潰された研究員を救出する。
早く彼を連れて逃げなければ。しかし、研究員は足が骨折してしまっているらしくまともに歩くことは困難だった。脇下に手を差し込み、なんとかひきずって歩くが、これではいつか体力が尽きるだろう。
早く、早くしないと。





視察を終え、久々に本部の廊下を歩く。この数日、忙しくて仮眠しかとっていないので早く寝たいのが本音だ。しかし、どうせ机の上には承認待ちの書類が大挙している。ご丁寧に締め切り間近のものばかりだろう。
一々書類にすんなよ。書類にしたいなら統一しろ。中途半端にデジタル化してんじゃねぇよ、分かりにくいんだよ。
眠すぎて関係のない所へ八つ当たりしながら歩いていると、曲がり角から兵士が飛び出してきた。
兵士は此方へ気づくと、慌てふためきながら縋り付くような目ですりよってくる。
うわ、まじか、面倒事かよ。
睡眠不足のせいで苛つくのを抑えながら、仕方なく話を聞くことにする。

「ゴート様、第一研究室で火災が発生しました。火は今だ消し止められていません!」

「へぇ」

どうでもいい。
ゴートは冷めた目でそう言い放つと「消火頑張ってくれよ」と無責任な一言を残し、ひらひらと手を振りながら兵士に背を向けて歩いていく。しかし、兵士は食い下がるように叫びながらゴートの背を追った。

「実は、朱雀が残された研究員を救出するため部屋の中へ入ったまま出てきません!」

その一言に漸く足を止めた上司に安堵して、兵士は慌てて傍へ駆け寄った。しかし、次の瞬間足を引っ掛けられ仰向けに倒れこむ。痛みに呻く間もなく、顔を足で挟むように立たれ恐怖に身が竦んだ。
ゴートは、顔色を悪くした兵士を見下げながら無言で右足を振り上げ、真っ直ぐ降り下ろした。耳元で響いた音に驚いて肩を震わせた兵士は、どうしてこんなことをされるのか分からないと言いたげにゴートを見上げる。

「朱雀が死んだら、お前等のクビ程度で済むと思ってんのかよ」

下手すりゃ此処にいる全員のクビが飛ぶかもなぁと他人事のように言い捨てるゴートを見て、兵士は事態の深刻さを理解して震えだした。
今回の任務において、尊重されるべきは己が命でも正義でもなく、朱雀という神の存在だ。忘れていたわけではない。
状況を理解したらしい兵士を見て、ゴートは溜息を吐くと足早に第一研究室へ向かった。
先程の兵士の様子を見て予想していたことだが、集まった兵士達は部屋の前でたじろぐばかりだ。
人命救助しろとは言わねぇけど、せめてアイツを引き留めることくらいしろよな。
部下に対して若干そんなことを思いながら、ゴートは兵士の一人が持っていたバケツを引ったくると、中に入っていた水を頭から浴びた。
化学反応だのなんだのを気にしている場合ではない。バケツを放り投げると、部屋の中へ突っ込んだ。
熱さに目を細める。思ったより火の勢いが強い。下手に口を開けると喉が焼けそうだったので、仕方なく手かがりのないまま銀髪の子供を探す。
倒れた棚や薬品達を避けながら暫く歩く。ただっ広い部屋の中程で漸く二つの人影を見つけて駆け寄る。
ホウプは、熱さに若干霞んだ視界の中、突如飛び込んできた青の色彩に驚く。

「おい、朱雀。大丈夫か」
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