‡ZERO‡

Act.3 生き残れ、食糧争奪戦
3ページ/25ページ



「たまごー!たまごー!夕ごは―ん!!」


叫びながら街の坂道を駆け降りる。周りの景色なんて気にしている余裕がない。足音を盛大に響かせ、噴水がある広場の舗装された石畳の地面を蹴って走る。
やがて靴底に感じる感触が柔らかい土へと変わる。


「あー!!あったですッ!!」


ずざぁっと地面を滑りながら、脇道へ入り込む。脇道の一番奥。おばちゃん集団が群がっている場所に目的のものはある。
いざ、出陣あるのみだ。
群がりに飛び込み、卵に手を伸ばす。後少し、後少しだ。指先全てに力を込め、卵を掴もうとした瞬間。


「ちょっと、アンタ邪魔よ!!」

「ふぎゅっ!!」


おばちゃんの一人に尻で押され、卵を掴むどころか、身体がふらりと後ろへ倒れていく。倒れゆく刹那に見える、眩しいほどの蒼。
思わず、ぎゅっと目をつぶった。身体に走る痛みを覚悟して、身体を強張らせる。だが、いつまでたっても感覚神経は痛みを伝えてこない。
不思議に思い、ホウプは恐る恐る銀色に彩られた瞼を押し上げた。
見えたのは、蒼。風にあおられ、靡く蒼だった。
漸く、泥のように停滞していた思考が動き出す。ぱちぱちと何度かまばたきをすると、どうやら自分が誰かに支えられているらしいという事に気がついた。


「あぅ、えーと」


ゆっくりと顔を上げると、そこにいたのは眉目秀麗な青年。珍しい蒼色の髪は重力に逆らうように上を向いて、四方へと好き勝手に跳ねている。やる気なさげに細められた瞳は、翡翠のような色を宿していた。
おばちゃん軍団から「いい男ねー」と賛美が聞こえてくる。
青年は僅かに目を細め、次の瞬間、皮肉げに笑った。


「よぉ、大丈夫か。嬢ちゃん」

「………じょう、ちゃん?」


ホウプは、されるがまま青年に地面に立たされる。だが、頭の中では「嬢ちゃん」という単語が反響していた。
そんなホウプを訝しむように、青年はホウプの目の前で手を振る。


「おーい、マジで大丈夫か、お嬢ちゃん」


彼に悪意はない。そんな事は分かりきっている。分かりきっているのだが。そこだけは、そこだけは譲れないのだ。


「ぼ、ぼ、ぼ……僕は男です――!!」

「………は?」


眉間に皺を寄せ、心底不思議そうに顔を歪められる。
ホウプは眦に涙を溜めて、青年を睨むように見据えた。
青年の翡翠色の瞳は、あかさまに疑っている。顔を僅かに歪めていても、造作の良い顔が曇る事はない。決して女々しくなく、厭味にならないその顔は女性に好かれるだろう。
青年は何かしら思案した後、ホウプの腕を引っ張り、ぺたっとその胸に手を当てた。


「胸ねぇな…。でもお前12だろ?」

「17です!!」

「あー、背丈が低いから発育不全か?」

「ッ!!」


長身で体格もいい青年は、哀れみを含んだ目でホウプを見る。
もう何を言っても信じてもらえないと、ホウプは一人静かに涙を流した。できることなら、体育座りをしたまま暫く一人でいたい。
あー……。と、青年は困ったように頭をかき、腰に片手を当てて眉間に指を当てて暫く悩むと、思い立ったようにもう一度ホウプの腕を引っ張った。


「悪い、ちょい失礼」


びよんっと、団服を引っ張られた。ただし、下着の方を。


「ッ、ひっ!!ん、ぐっ」


悲鳴を上げる前に、口を掌で押さえられ、悲鳴は手の中へと消え失せた。
ホウプは、いきなり何をするんだと、慌てて青年を見上げる。だが、やはり青年はやる気なさげな顔でホウプを見ていた。
やがて、苦笑いを零し驚愕に目を見開いたままのホウプの頭に手を置いた。


「あー、悪ぃ。そんな驚くなよ、ボーズ」


ぐしぐしと頭を撫でられる。まるで宥めすかされているようで、少し気恥ずかしくなる。
不満げに青年を見れば、微笑をかえされた。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ