‡ZERO‡

Act.5 記憶の懺悔
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空が白んでいる。その雲に黒さが混じり始めていて、一雨くるかもしれないと思った瞬間に空から雫が落ちてきた。
ホウプは、漆黒の外套を翻しながら慌てて店の軒下に入り込んだ。雫を払い落としながらふと店へと目を向けると、芳醇な香と共に色とりどりの色彩が視界を彩った。
ちょうどいいと思い、ホウプは店先に並ぶ花を見つめる。
どの花がいいだろう。
ちょんと花弁に触れていると、後ろから声をかけられた。不意打ちだったので、びくっと一瞬肩を震わせてしまう。
振り返ると漆黒を引き連れたアレクサンドルがいた。隣で傘をさしているのは執事なのだろう。一瞬、値踏みするような目で見られた気がする。
店に横付けされるように停められた馬車を引く馬が僅かに鳴き声をあげた。
アレクサンドルは、大輪の薔薇のような瞳でホウプを捉えるとゆっくりと口を開いた。


「こんな所で何をしている」

「あ…お花を選んでたんですよ」


瞬時にアレクサンドルの瞳が怪訝そうな色を纏った。
似合わないのはよく分かっていたが、今日は今日だけは花を選ぶ。大好きなあの人に捧げる花を。


「誰に贈るつもりだ」


優しく問われ一瞬逡巡してしまった。
どうやら一緒に花を選んでくれるらしい。花に詳しくないので有り難い。彼は、そういう事に詳しそうだ。


「僕の大事な人に贈るんです。遠くに行った大切な人に」

「……そうか」


アレクサンドルは小さく呟き、ホウプの手に握られていた菊の花を取り去った。
代わりに差し出したのは白い薔薇。淀みのない純白。


「菊なんて湿っぽいものを持っていくな。贈り物なら薔薇が一般的だ」

「そうなんですか?ありがとうございます」


会計を済ませ、空を仰ぎ見るがまだしとしとと雨が降っている。
もう少し雨宿りしていようか。そう考えたホウプの頭上から黒い影が覆いかぶさってきた。顔をあげると、アレクサンドルの手に真っ黒な傘が握られている。
促されそれを受け取る。大きな傘は、ホウプが持つと不格好だった。
とんっと背中を押され、優しく笑われる。ホウプは、アレクサンドルに感謝を述べながら雨が降り注ぐ街を駆けた。
それを見送り、代わりの傘を持ってきた執事と共にアレクサンドルは馬車へ戻った。
御者が鞭をしならせる音が響く。窓から見える街は酷く沈んでいた。
白い薔薇。白い花は死者の心を鎮めるという。あの白がせめてもの弔いになればいい。


「……母上」


馬車の座席から零れる大輪の白薔薇。
こんな日に、同じ花を持って同じ悲しみなど分かち合いたくはない。傷の舐め合いなど御免だ。
空は未だ黒く澱んでいる。







Act.5 記憶の懺悔
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