‡ZERO‡

Act.5 記憶の懺悔
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男の本業は本屋だったが、本など中々売れなかった。この街の人々は今日を生きることで精一杯だったのだ。
仕方なく男はホウプに本屋の仕事を任せ、一人で仕事に出ていた。その間、何かしたいと思いホウプは、日に日に家事を覚えていった。そして、大好きな本を開いては様々な思いに耽る。


「ただいま」


大好きな父の声が聞こえ、ホウプは開いていた本に栞を挟むのも忘れて玄関に駆け寄った。ぱたぱたと駆けより、思い切り抱き着く。


「おかえりなさい、お父さん!」

「あ……!ホウプ、静かに静かに…」


父は突然、人差し指を口にあてながら、部屋にともっていた明かりを消す。
その仕種に全てを把握し、ホウプは身を低くしながら父と共に本棚の影に隠れた。息を潜め、本棚にぴったりと身を寄せる。
コツコツと地面を打ち鳴らす靴音が辺りに響きわたった。
緊張でごくりと唾を飲み込む。
やがて足音は止み、玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。
そう、ここでドアを開けてはいけない。それだけでなく、気配すら悟られてはいけない。
段々ドアを叩く音が強くなる。破られるのではないかと危惧するほど大きな音。
ホウプが窺うように父を見上げると、彼は悪戯っぽく笑いながらまた人差し指を口に当てる。同じ仕種をしながら、ホウプも悪戯っぽく笑った。
やがて、ドンッとドアを蹴る音が響き、苛立ちを隠すことのない荒い足音が遠ざかっていった。
そろそろと本棚の影からはい出る。


「いやあ、危なかった。今日は明かりをつけない方がいいね」


父の暢気な声に尊敬してしまう。
先程の人物は借金取り。本屋の運営のために金を借りたらしい。といっても、ここの街の人は大概皆借金をしている。あまり激しい取り立てをされないのは、定期的に金を返しているからだろう。金を返す見込みなしと判断されれば、すぐ商人達に売られてしまう。
まだ生かす余地ありという事だ。


「さぁ、早くホウプが作ってくれたご飯を食べなきゃね。折角の夕飯が冷めるから」


自然と繋がれた手に微笑んでしまう。ぎゅっと握りしめると、同じだけ握りかえされた。
食卓でささやかな食事を取る。質素だけれど、とても優しく流れる時間。
晩御飯を食べ終わると、古ぼけたソファーで二人身を寄せ合って横たわる。この時間がホウプは一番好きだった。
本を開き、父が本を読んでくれる。勿論、自分でも本を読んでいたが、優しげな父の声にのせて綴られる物語がとても安心できて大好きだった。
そして、そのまま二人で眠る。
笑って、笑って。幸せな日々が刻々と過ぎていく。
けれど、世界は綺麗なだけではない。世界は、時に残酷に日々を壊す。崩壊の音は確かに近づいていたのに、それに気がつきたくなくて耳を塞いでいたのだ。
繋いだ手が離れた瞬間、世界は色を変えた。
ある日、小さな事で二人は喧嘩をした。ホウプが一方的に怒ってしまい、父は困ったように苦笑いを零していた。
ほんとに些細な出来事。気心が知れた相手に向けるような些細な喧嘩。
ホウプは仕事に行く父を見送らなかった。それを見て、父はまた困ったように笑う。


「今日は早く帰ってくるよ、ホウプ」

「知りません!お父さんなんて大嫌いです!」


そう言った後、ホウプは出て行く父の背中に手を伸ばしかけて、すぐに引っ込めた。
まだ謝りにくい。けれど、帰った時に謝ればいいのだ。いつもより少しだけ奮発した夕飯を作って、父の好きな珈琲を煎れて、早く帰ってくると言っていたから二人で近くの丘まで行こう。そこで本を読んで、寒くなってきたら家に戻って、また二人寄り添って寝よう。
帰ってきたら、謝って大好きだと沢山言うから。
早く帰ってきて。
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