‡ZERO‡

Act.5 記憶の懺悔
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もう日が沈んでしまった。
冷めてしまった夕飯。嫌な予感に冷や汗が流れる。
ホウプはいてもたってもいられなくなり、肌寒い夜の中へ駆けて行った。
相変わらず静かで、沈んだ暗い街。路傍に転がる死体からは腐臭が漂い、空気が血を含んでいるのではないかと錯覚をしてしまう。
暗い暗いと思えば、空から雨粒が落ちてきていた。
そんな暗い街を破るかのような明るさが、十字路から立ち上っていた。闇の底を焦がす炎。
家からあまり離れていない場所の異変に気がつき、ホウプはその場所に駆け寄った。
真っ赤な炎の中に人が立っている。炎によって照らされ、その顔をはっきり視認することはできない。
背の高い人影は、虚空に向けて煌めく刃を儺いだ。その瞬間、虚空だと思っていた空間に誰かが立っていた。
肉を断つ嫌な音が響く。頬に飛び散った生暖かい液体は、まるで炎を閉じ込めたかのような赤を宿していた。
ホウプは、液体の散った手を呆然と眺める。赤い、赤い雫。
ゆっくりと倒れ伏した人影。それを見下ろす人影。二つの影がホウプの双眸を曇らせた。倒れた人影から流れた真っ赤な水が、靴の底を赤く染める。


「ホウプ……」


炎の中から、小さく掠れるような声で名前を呼ばれた。
違う、そんなはずない。これから一緒に夕飯を食べて、一緒に、いてくれると彼は。


「ごめんな……今日は、帰れない……みたいだ」

「ッ、お父さん!!」


咄嗟に炎を掻き分けて父に駆け寄る。
穏やかに閉じられた瞳とは対照的に、背中は刃物で切り裂かれていた。溢れ出る血を止めようとするが一向に血は止まらない。
赤い水と冷たい雨が、服に染み込んで重たかった。


「今日は、沢山ご飯作ったんですよ…?まだ、謝ってないんですよ…?ねぇ、お父さんっ!!お父さんっ!!」


目を開けない父にしがみついた。炎が髪の毛先を焦がす。
炎が全てを包み込むその一瞬前に、誰かがホウプを動かない男から引き離した。
抱き抱えられ、頭から外套をかぶせられる。父親に向かって必死に伸ばした手は空を掴む。空虚しか掴めない、無力な手。
炎の外へ連れ出される。地面にへたりこんだホウプを見て、人影は小さく舌打ちを零し、ぼろぼろと泣くホウプを置いて夜の闇へ消えていった。
炎がじりじりと空気を焦がしていく。炎は、全て消してしまう。
壊れたようにお父さん、お父さんと繰り返し呟く。応えてほしい、また笑って二人で暮らしたい。
気がつくと朝日が世界を照らし、死体は跡形もなく燃えて消え失せていた。


「お父さん。ごめんなさい…ごめんなさい……」


呟く言葉はそれだけで充分だった。
ふいに、上品な身なりの男がホウプの腕を引く。ゆっくりと顔をあげると、父親に似た男がそこに立っていた。
父親の遠い親戚と名乗る男は、ホウプを連れて街を出た。男の後ろを歩きながら、漠然とこれからの事を考えた。
どうなるかは分からない。しかし、自分は今間違いなく生きている。大好きな人が、生かしてくれた。なら、彼に恥じない生き方を選ぼう。精一杯今を生きよう。
ぐっと四肢に力を込め、地面を蹴った。男の横に並び、はしゃぐように声をあげる。


「お父さんの親戚だったんですよね?お父さん、小さな頃はどんな人でした?」


男は上品に口元に笑みを浮かべた。
スラム街の近く、無法地帯となった裏路地に面した店。男はドアを開けてホウプを中に通した。


「そうだな、敢えていうなら…」


男はドアを閉めながら口を開く。
パタンとドアが閉まった途端、部屋が闇に鎖された。
夜目に慣れない目を擦るホウプの後ろから、残酷なほど冷たい気配が吐き捨てるように言葉を漏らす。


「一族の恥さらしな、イカレ野郎だ」


体中を襲う痛みに目を見開く。
気がつくと床にはいつくばるように倒れていた。
立ち上がろうとするホウプの首に、冷たい鉄の枷がはめられた。冷たい首輪。そこから伸びる鎖を踏まれ、また床にはいつくばりそうになる。だが、それすら許されず無理矢理顎を掴まれ上を向かされた。
ギシギシと身体が軋む。


「コイツ、好きに調教していいんですよね支配人?」

「ああ、せいぜい従順に躾てくれ。奴隷として、ちゃんと売り物になるようにな」
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