小咄

□運命論者の手
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神父は、ふぅっと溜息をついた。
伊達眼鏡を外し、酷使した目を休める。活字ばかり追っていたせいで、双眸は休息するよう訴えていた。
閉じた本に綴られているのは運命論者の男の物語。彼は運命を信じ、躍らされ、彼の信じる運命に殺された。
そこで、ふと肌寒さを感じた。
麗らかな日差しが差し込んでいるといっても、昨夜の雨の影響か気温が低い。それに、今いるのは教会ではなく、隙間風が吹き抜けるオンボロなZEROの団。
元々、あまり体温が高くないのも影響しているのだろう。寒いのは致し方ない。
思考に浸っていると、目の前にある円卓に何かが置かれた。見遣れば、そこにあるのは温かな湯気を立てる珈琲。


「珈琲しかなくて申し訳ないんですが、よければどうぞ」


ZEROの団隊長であるホウプが、ほやんと笑っていた。その斜め後ろには補佐である副隊長が立っている。ホウプが神父に懐いている事が不服らしく、その顔は不機嫌そうに歪められていた。
神父は、くすりと笑みを零す。


「これはこれは、すみませんね隊長さん。有り難くいただきますよ」

「はい。あの…それ」


ホウプがじっと見つめているもの。それは、神父の膝に置かれた本だった。
これがどうしたのかは、聞かなくても分かる。
その本を見つめるホウプの双眸は、おあずけをされている犬のようにきらきらと輝いていた。
分かりやすすぎるその反応。
思わず口元を綻ばしながら、神父はホウプに本を差し出した。


「どうぞ、私はもう読み終わりましたので」

「いいんですか!ありがとうございます」


本を手渡す時、僅かに触れた手。その手の温かさに少し驚き、納得した。この子供の手が冷たいなんて有り得ない。
驚いたのはホウプも同じようで、本を受け取った手と反対の手で神父の手に触れてきた。


「たっ、隊長!な、何してるんですか」


副隊長は焦ったように、ホウプの肩を掴んだ。過保護で親バカな彼は、必死な形相で制止をかける。しかし、ホウプは、きょとんとしながらゆっくりと副隊長を見上げた。


「えっと、神父さんの手が冷たかったから…優しい手なんだなぁって」

「優しい……?」


有り得ないだろうとばかりに、副隊長は疑い深く神父を見た。そして、再度繋がれた手を見遣り、より一層不服そうに顔を歪める。
その様子を見て神父は、わざとらしく肩を竦めた。


「お父さんが言ってたんです。手が冷たい人は優しい人だって。でも、冷たいと寒いですよね」


少しでも体温が移ればいいと思っているのか、ホウプは神父の手を痛くない程度に強く握りしめた。
触れ合った所から体温が溶け合う。氷が太陽の熱に溶かされるように、少しずつ。
もし、冷たい手が優しい手だというのなら温かい手は慈しむ手なのだろうか。
知らない間に肌寒さは消えていた。差し込む日差しの温かさに体温が上がる。
明日は暖かいですかね。そう呟くと、ホウプは笑った。







運命論者の手

(冷たい手と温かい手。二つあるのは運命のようで)





「隊長……。い、いつまで握ってるんですか……」

「え、あ……すみません!!」

「構いませんよ、隊長さん。このまま私達の愛の……」

「ちょっと待てや、卑猥神父が!!隊長、危険です危険!!こんなヤツ優しくないですよッ」


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