小咄

□It can't be!
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穏やかな風が木々を揺らし、窓を撫でるように吹き抜ける。真っ白な雲がゆっくり移動しているのを見るかぎり、風はそこそこ強くふいているらしい。
空に浮かぶ真っ白な物体。当たり前のようにそこにあって、初めて見た時のことなんか覚えていない。
校長室の窓に張り付いて外を眺めていたアークレインは、あの雲美味しそうなどと涎を垂らしながら考えていた。
それを見ていた校長は、読みかけの書類をデスクにたたき付け、冷めた珈琲に惰性で口をつけた。冷え切ったそれは、渋味と苦みを伝えてくる。まずさに顔をしかめながら、アークレインの頭に丸めた紙をぶつけた。
さすさすと紙が直撃した頭を撫でながら、アークレインはほうけた顔のまま校長を振り返る。


「わん公、なんであのガキにあんなに懐いてんだ?」


問われた意味が分からず、アークレインはゆっくりと首を傾げる。あのガキというのはきっと銀色の子供の事だろう。懐いていると言われれば、確かに懐いているかもしれない。
しかし、彼が今忠誠を誓っているのは目の前でふん反り返る存在だ。
何故と問われれば、疑問しか浮かばない。
ただ、一つ言えるとすれば。


「なんとなくぅ?」


非常に曖昧な答。
しかし、校長はその答が気に入ったらしい。くっと笑いを噛み締める。
目の前で馬鹿面を曝すアークレインを見て、あの古馴染みの事を馬鹿にはできないと思ってしまった。
馬鹿で正直で、欝陶しいほど懐かれるこの感覚。
嗚呼、情がうつってしまう訳だ。
なんだかんだ言って、助けてしまう程度には好いているらしい。
アークレインは、ゆっくりと宙に指を滑らした。


「なんか、ねぇ?」

「もういい。馬鹿な方がお前らしいしな、茶飲め」


珈琲を飲めないアークレインに茶を差し出す。ああ、そういえば古馴染みの飼い犬は珈琲飲めたな、と思いだした。しかし、それはもう甘味しか感じないほど砂糖やミルクをくわえられたものであるが。
アークレインが手を伸ばしているにも関わらず、ひょいっと湯呑みを取り上げれば目の前の飼い犬は少しだけ拗ねた。
まぁ、待てと手で制し、カップに珈琲を注いでやる。
その苦みを思い出したのか、うげっと顔を歪めるアークレインの目の前で、古馴染みの飼い犬が持ち込んだミルクと砂糖を珈琲に投入する。
ふわりと甘い匂いを漂わすそれに、アークレインは、ぱぁっと顔を輝かせた。カップを手渡してやれば、アークレインはそれを口に含む。


「美味いか?」


こくこくと頷くアークレインを見て、また笑ってしまった。
馬鹿な愛犬がいるというのも中々悪くない。




It can't be!

 (こんなに甘い飼い主になるなんて!)




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