02/26の日記

02:28
貴方だけが希望だった
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この世界はひどく稚拙にできている。
けれど、それこそが世界の在り方であるのだろう。


僕を拾ってくれた人が所属しているのはZEROの団というらしい。
ここの人たちは僕にとても優しくしてくれる。だからこそ僕は自分の汚さを自覚して、落ちもしない汚れを落とそうとしてしまう。
突き刺すような指先の冷たさに思考が浮上する。水道から落ちる水に息を吐く。今日は何時間こうしていたんだろうか。
水を止めると辺りを静寂が包んだ。
薬、のまないと。
隠し持っていた錠剤を口に放り込んで飲み込む。そろそろなくなる、買いにいかないと。此処にいるためにどうしても必要なものだから。

「ホウプくん?」

錠剤の入った入れ物を咄嗟に隠す。
振り返れば、人好きのする顔をした男がいた。短く刈り揃えた茶髪の彼は。

「ジャックさん」

名前を呼べば、彼は笑顔を浮かべながら此方へ近づいてきた。

「これからカードゲームやるから、ホウプくんもどうだい?」

優しい言葉、優しい声。
何もかも自分には相応しくなくて、悲しくなる。けれど、彼らに失望されたくないから、彼らのような優しい人間のふりをして僕は笑う。
善人によく似せた、笑顔。

「ごめんなさい。少し用事があるので出てきます」

「荷物が嵩張るならついていこうか?」

「いえ、大丈夫ですよ」

ごめんなさい。嘘をついて、ごめんなさい。貴方達みたいに僕はきれいではいられない。
入れ物を握りしめた手が震える。
彼は僕の言葉に笑顔で返すと、当たり前のように片手をあげた。

「そう、いってらっしゃい」

貴方達はきっと知らない。
その言葉に僕がどれだけ救われているか知らない。

「いってきます」

この言葉がどれだけ嬉しいか。









「へぇ、また戻ってきたわけじゃないのか」

「はい。だけど、お金、必要だから」

「俺がいうのもなんだが、その幸せを掴んでいたいならもう来ない方がいい」

彼の指がタバコの灰を叩き落とす。
それをぼんやりと見ながら、自嘲をこぼした。

「でも、これがないと、僕は」

薬を見て、彼は口の端を歪めた。困った時にする癖。
やがて彼はこちらの肩を抱き、諦めたように溜め息を吐いた。







手に入ったお金を握り締める。
働きに見あわないお金を握らせてくれた。彼は、昔からそうだった。あの店の常連だった彼は、いつしか僕ばかりを選んでくれるようになった。他の客よりも随分優しく、見た目に似合わず丁寧で誠実だった。時には店から連れ出して美味しいご飯を食べさせてくれる。そんな優しい人。
だからこそ、薬を買うお金に困ると彼の家に立ち寄ってしまう。その度彼は困ったように眉を下げて、諦めたようにこちらに手を伸ばす。
帰り際にはいつも「もう此処には来ない方がいい」と優しい目で言われる。
は、と息を吐き出した。
優しさにつけ込む自分が嫌になる。ZEROの人たちも彼も、どうしてこんな僕に優しくしてくれるのだろう。
いつか、僕はあの人たちになにか返せるだろうか。こんな僕でも。
ジャリと砂を踏む音に立ち止まる。
顔を上げると恰幅のいい男達が此方を囲んでいた。
ああ、ツイていない。さっき稼いだばかりなのに。
逆らって顔に傷がつけば、稼ぐことは今よりずっと難しくなる。だから、さっさとお金を渡してしまえばいい。
__もう此処には来ない方がいい。
また裏切って、何でもないような顔をして僕は。
男の手が金を毟り取り、下卑た顔でにやにやと笑う。その表情から良くないものを感じた瞬間、足を引っかけられ引き倒された。後ろにいた男に腕を掴まれて押さえ込まれる。
ちょっと、待って。これじゃあ、
伸びてくる男の手が、昔の光景と重なる。違う、落ち着け、此処はあの店ではない。僕には戻らなければいけない場所がある。大丈夫、少し我慢すればいいだけだ。大丈夫。
目蓋を押し上げると、目の前には上品な服を着た男がいた。あの店の支配人。
そんなはずはない。こんなところにいるわけがない。分かっているのに、伸ばされた手に叫び声をあげてしまう。これは、幻覚なのに。
「なんだコイツ。急に暴れだしたぞ」
「コイツの持ってる薬、安定剤みたいだな。大方、飼い慣らされるのに薬でも盛られたんだろ」
「精神に異常きたして錯乱するとか、ヤバい薬とかわんねぇもんなぁ。今、幻覚でも見えてんじゃねぇの?」
何か聞こえる。何か言ってる。
謝らなきゃ、また、殴られる、から。嫌だ、それはもう嫌だ。謝らないと薬を増やされる。謝らないと。はやくはやくはやく。
地べたに四つん這いになって、敬うように靴に唇を触れさせる。身体が覚えている。何度も何度も繰り返した行為。縋るような強請るような目で。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
譫言のように繰り返す。
そうすれば満足したように、支配人は此方へ手を伸ばす。頬を撫でられる感覚に、安堵。
はやくしないと、はやく次に、
上半身を起こして、そして次は。
しかしそれをするよりも早く、頭を掴まれて地面にがんと後頭部をぶつけられた。振り上げられる手に、恐怖。
死に物狂いでこちらを掴む腕を引き剥がそうとする。けれどそれはびくともせず、なにかを口に押し込んでくる。
薬。それが分かった瞬間、叫び声をあげて鳴いた。
ごめんなさい、やめて、ごめんなさいごめんなさい。だから許して、もうこれ以上、

「おい、クソガキ」

耳朶を叩いた声にはっとする。
何処かで聞いた声、あれ、何処で聞いたんだっけ。とても安心する、この声。

「いい加減戻ってきやがれ」

頭に、衝撃。

「いっ、たぁ!」

目の前に星が飛ぶ。
いたいいたい。ひどい、何もこんな力で殴らなくたって。
目尻に涙がたまるのが分かる。

「なにするんですか、団長さん!」

「遅ェんだよ、ボケ!なにが悲しくてテメェなんぞに縋られなきゃなんねぇんだ!」

その言葉に辺りを見回せば、先程まで周りを取り囲んでいた男達は地面と仲良くしていた。
団長さんは手早く男達の懐からお金を抜き取ると、幾らかを此方へ手渡してくる。
どうもと言いながら紙幣を数えれば、やや多くなっているものの、稼いだ金額とほぼ同じだった。
お金を懐に押し込んだ時、そこにあるはずのものが無いことに気がつく。薬の入った容器が、ない。
目まぐるしく視線をさ迷わせると目当てのものはすぐに見つかった。けれど、思わず目を見開いてしまう。団長さんが、傷だらけの手で容器を握りしめていた。
さっと血の気が引く。あの時口に押し込まれた錠剤。あれは、もしかして。

「随分残り少ねぇじゃねぇか。今日はコレ買いに来たってとこか」

団長さんが乱雑に容器の蓋を開け、中に入っていた薬を地面に撒いた。その光景を呆然と見ていることしかできず、ただ転がる真っ白な錠剤が散らされた絵の具のようだと場違いなことを考えてしまう。
漸く思考が追い付き、ばら蒔かれた安定剤を必死にかき集める。
コレがないと、これがないと帰れない、皆のところに戻れない。隣になんて立てない。
それなのに、団長さんは錠剤など気にも留めず、わざと踏みしめるかのように此方へ向かって歩いてくる。

「やめて、止めてください。僕、これがないと、」

縋るように伸ばした手を無視され、かき集めた錠剤を踏みしめられる。
粉々になった錠剤を見て、なんだか自分が酷く惨めに思えてしまった。喉が震えるのを感じて、慌てて唇を引き結ぶ。それなのに、溢れる涙を止めることができなくて幼い子供のように泣き崩れてしまった。
団長さんは悪くない。黙っていた自分が、過去から逃げられない弱い自分が悪い。分かっている、分かっているのに。口を開くと謗るような言葉が出てきてしまいそうで、余計に泣きたくなった。
指先に触れる錠剤の欠片に嫌悪する。
涙がやむまで、団長さんはじっと此方を見下ろしていた。零れる涙がぬぐえる程度になった頃、上から声が降ってきた。

「気ィ済んだか、行くぞ」

手首を掴まれ、無理矢理立たされる。どこに行くのとも聞けなかった。ただ、ぼんやりと団長さんについていくことしかできない。
けれど、気がついたら馴染みの薬屋にいて、団長さんが不機嫌そうに棚から安定剤を引っ付かんでいた。
怪訝に思う暇もなく、会計が済んだそれを投げ渡される。掌に伝わる重みに訳がわからず、ただじっとそれを見つめていた。

「チッ。1つで何日分だ。博打で稼がねぇとやってらんねぇぞ」

団長さんは棚にまだ残っている安定剤を見ながら、ぶつぶつとそんなことを言っている。
その腕には、血が滲んでいた。僕が暴れた時についた傷。
慌てて棚から包帯と消毒液を掴み、店主さんへ駆け寄る。妙齢の店主さんはそれを見て笑うと、僕の頭を撫でた。
店主さんは後ろにいる団長さんを真っ直ぐに見つめている。ここにくるときはいつも一人だった。働いた後に一人でここを訪れて薬を買っていた。でも、今日は一人じゃない。
急に気恥ずかしくなり会計を済ませると、挨拶もそこそこに団長さんの腕を引っ張ってしまった。
団長さんが僕に向かって怒っているけどなにも聞こえない。恥ずかしくて、嬉しくて潰れてしまいそうだった。
不器用に繋ぎ直された手から感じる温もりに、ただひとつの希望を感じたような気がした。






「また来たのか」

彼が煙草を灰皿へ押し付けた。しかし、僕の手のなかにあるものを見て怪訝そうに顔を歪める。
なんと言って切り出していいか分からず、僕はただ徒に目線をさ迷わせた。
腕に抱いた紙袋が大きな音をたてる。

「あの、」

こんなこと許してもらえるかわからない。けれど、どんな出会いであれ一度結んだ絆を手放してしまいたくはなかった。だって、あの店にいたころ扉を開けて此方に手をあげてくる彼は、間違いなく僕にとってたった1つの希望だったから。
震える手で紙袋を彼の胸へ押し付ける。
彼はそれを受け取り、ゆっくりと微笑んだ。
中身は紅茶の葉とティーカップ。彼が連れていってくれた店で、彼が好きだと言っていたもの。

「僕、もうここに仕事をしにくることはないんです、けど、よかったらまたここに来てもいいですか」

言えた。なんとか、言えた。
都合の良い言葉だと分かっている。けれど、僕は。






「隊長、買い物だったら着いていきますよ」

「大丈夫ですよ、それに今日は少し寄る場所がありますから」



「こんにちは!」

「ああ、いらっしゃい」




飽きた\(^o^)/
ZERO来たばっかりのホウプ。
ZEROの団の面子をそろそろ書きたいからはよデルタ編終わらせたいけど、デルタ編終わったらギスギスしてるよアイツ等という悪循環。

アンケートに一票ありがとうございます。
ひっそりやったので誰にも気づいてもらえないと思ってました(笑)
特に指定がなかったので、私の独断と偏見でカップリングを決めさせていただこうと思いますが、管理人はドエスでクールな美形orイケメン押し倒したい系のドマイナーなのできっとお察しな感じになります。

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