世界の悪戯

□際の世界
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「レイスっ!レイスー!」

 深羽は叫ぶようにその名を呼ぶと、勢いよく体を起こした。

 どうやら自分は意識を失っていたらしい。

 嫌な夢を見ていた為か、ぐっしょりと寝汗をかき呼吸も荒くなっていた。

 暗闇でどんなにレイスを探しても、呼んでも、何処にも彼はいない。

 そんな夢だった。

 嫌な感覚に高鳴る心臓を宥めると、深羽は漸く周囲に目を向けた。

 まずは自分の寝ているベッド。

 清潔そうな真っ白いシーツに包まれた寝台は体が沈む程に柔らかく、深羽を包み込む。

 更には淡いモスグリーンの天涯がついていて、上掛けの深い緑と良く合っていた。

 絨毯も同じ緑で統一され、深羽のざわつく心を落ち着かせた。

 壁紙は白で、少ないながらも品のいい家具を引き立てている。

 世界が違くともわかる。

 此処は一般人とは違う、上流階級の部屋だ。

 戸惑いを隠せないままベッドから足を踏み出した時、徐に部屋の扉が開いた。

 驚きに身を固くする深羽の前に現れたのは、薄茶色の髪をボブで揃えた小柄の少女だった。

 何やらカチャカチャと食器を配置する彼女に、戸惑いながら声をかけた。

「……あの…。」

「きゃあっ!ミウ様!
お目が覚めたのですか?」

 此方に気付いて無かった為か、大袈裟に驚く少女の言葉に深羽は目を丸くした。

 何故って、深羽は未だかつて『様』付けでなど呼ばれた事が無い。

 それが見知らぬ、それも自分とあまり歳の変わらなそうな少女から発せられたのだ。

 驚くなと言う方が無理である。

 目を白黒させる深羽を尻目に少女は続ける。

「ルーティス様を呼んで参りますので、暫くお待ち下さいね?」

 そして少女はそそくさと部屋を後にした。

 一方深羽は、少女から出たルーティスの名にピクリと肩を揺らすと、セディーナでの出来事に思いを馳せた。

 伸ばされたレイスの腕。

 掴めずに離れた体。

 確かに思いが通じた筈なのに、確かめ合うことも出来ないまま別れてしまった。

 深羽はそっと、自らの左手首に嵌まったルピカの腕輪に触れた。

 レイスの赤銅を思わせる紅は、今は暗く、濁って見える。

 溢れそうになる涙を歯を食い縛って耐えていると、部屋にノックの音が響いた。


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