1st

□開かない扉
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「私はロックオンの仇を討たなければならない」


決意する瞳でティエリアは真っ直ぐと正面を見据えた。
それを傍らで見ていたアレルヤは彼の性格を考えて、「あまり熱くならないほうがいい」と忠告する。
しかし、その発言はティエリアの気に障ったようだった。



『開かない扉』



「…君は…随分と落ち着いているのだな…。君こそ泣きわめいて使い物にならないと思っていた」
その言葉と共にティエリアが怪訝な視線を向けてくる。含むものが何なのか、手に取るように解って、アレルヤは苦笑した。
自他が認めていたようにロックオンに愛されていたアレルヤにこそ、その資格があるのだから。
彼の死を悼み、狂わんばかりに泣き叫び、慟哭し、運命と現実を呪う絶対的な資格が。しかし。
「…実感が…湧かない…のかな…? 信じられないんだと思う……」
アレルヤの声は静かだった。凪いだ湖面のように静かに口許から溢される。
「アレルヤ……」
「…彼は…ロックオンは、いつだって帰ってきてくれたから…。僕のところに。だから…だから、もう帰って来ないなんてことがすぐには信じられないんだ…」
銀灰の瞳が今、自分たちの居る待機室の入口へと向けられる。その瞳はどこまでも清廉に澄んでいて。
無垢なる想いで、扉が開くことを信じている。
「…っ……」
ティエリアの胸が軋んだ。
こんなにも待っているのに。
何故、扉は開かない。
何故、待ち望むあの人は姿を現さない。
何故、現れてあの笑顔を見せてはくれないのだろう。何故、何故?
ティエリアは悔しさに顔を歪めた。そしてそのままの表情で開かぬ扉を睨み付けた。
ティエリアは理解する。
彼はもういない。
この世界の何処にも。
扉が開き、陽気に笑って。
「よぉ、おまえら」
挙げた片手は軽快に。
今でも明朗に思い出せるそんなシーンでさえ、もう永遠に喪われてしまったのだ。
「…すまない……」
知らず、ティエリアの口端からは謝罪の言葉が溢れていた。
無論、アレルヤに向けられたものだ。
扉が開かない。
彼が姿を現さない。
アレルヤの瞳が痛ましいまでに凪いでいる。
哀しみ誘う、それら全てを生み出す一端を担ったのは自分だった。
ティエリアはその事実を叩きつけられ、急激に新たな罪悪感に苛まれたが、出来たのは謝る事だけだった。
「…すま…」
「ティエリア!」
再度、謝罪の言葉を口にしようとしたティエリアはぺちん、と軽い音を立てて、アレルヤの手に両頬を包まれる。
いきなりの事にティエリアは見開いた紅玉の瞳でアレルヤをみやった。すれば。
「それ以上、謝ったりしたら本気で怒るよ」
先程まで凪いでいた瞳は鳴りを潜め、代わりに爛々と灯る苛烈な眼光がティエリアを射抜いていた。
「…アレ…ルヤ……」
その激しさにティエリアの顔が怯えたように歪む。しかし、アレルヤの険しい表情は崩れることなくそのままの鋭さでティエリアを見据えた。
「…君を庇ってロックオンは後悔してた? 君を罵ったりした?」
「…………!」
アレルヤの問いかけにティエリアは込み上げるものを堪えながら、弛く頭を振った。
しなかった。してなかった。
しかもティエリアが気にするからと3ヶ月もの治療期間を押し退けて早々に戦線復帰までしてくれた。
そこまでしてくれた人に自分はどう返せばいいのか。その術とは。
「…アレルヤ…私は…」
解らない。
解らないんだ。
ようやく『人』と言うものが解ってきたところで。
だから罪の償い方が解らない。
解らなくて。
「…っ…く……」
思考回路が混乱しかけ、それに堪えられなくなったティエリアの精神がその紅玉の瞳に涙の膜を張らせる。
その短い嗚咽を漏れ聞いて、ティエリアを見据えていた銀の隻眼が細められ、柔らかに笑む。いつものアレルヤの淡い微笑みだ。
「…ね、ティエリア。落ち着いて前を見ていて。そして生き残ろう。ロックオンなら自分の仇を討ってもらうよりも、きっとそう望む筈だから」
「…アレ…ルヤ…」
クルーを家族と称し、愛した彼ならきっと。
きっとそう思ってくれる筈だ。
(…ロック…オン…)
アレルヤはティエリアから手を離すと、胸に置き黙祷を捧げるように静かに銀灰の瞳を伏せた。
志半ばで果てたことを悔やんでいるとしても、それが自分以外のせいだとはきっと微塵も思っていない。
全部自身の内に納めて、そのまま逝った。
面倒見がいいようで、気が利くようでいて。
最期の最期でなんと自分勝手だった男。
自分が愛したロックオン・ストラトスと言う男はそんな人なんだ、とアレルヤはティエリアと自身にも言い聞かせるように語った。
「…アレルヤ…」
ティエリアは彼の人が何故、この青年を愛し、求めたのかが理解できたような気がした。
脆弱なほどの意志と心を持ちながら、それを凌駕する深き慈愛。
なんと庇護したくも求めたい存在だろう。
きっとロックオンは自身の情深さ故に、与えるばかりであったから、この両極を持つ存在に惹かれたのだ。
アレルヤを愛せば、自身も惜しみなく愛されると気付いたのだ。
ティエリアは思った。
この二人は結ばれて然るべき者たちだったのだろう。
お互いの存在で足りないもの補い合いそしてなお、深く繋がり合える、解り合える。
人としてあるべき理想を体現する。
そんな彼らは共にいなければならなかったのに。共にあってこそ輝ける存在であったのに。それを引き裂いた現実世界はなんと残酷なのだろうか。


俄にアラートが鳴り響いた。クリスティナの緊迫した声音が敵部隊を捕捉したと告げてくる。
とうとう来た。決戦の時だ。
「行こう、ティエリア」
「ああ」
傍で浮遊していたヘルメットを掴み、ティエリアはアレルヤの後に続く。
軽いエアー音を発てて、扉が開かれた。
そこにやはり、ロックオン・ストラトスの姿はなく。
(…ロック…オン…ストラトス……)
ティエリアの胸内の呟きも虚しい程にか弱く響いただけだった。






 

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