1st

□傍にいて、抱きしめて
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スメラギの部屋でささやかな二十歳の誕生日の祝盃を挙げてもらい、アレルヤが自室へと戻ってきた時だった。
まるで見測らったように、通信端末のバイブレータが振動する。
(誰だろう…)
スメラギだとしたら丁重にお断りしよう。どうやっても今のアレルヤにはスメラギの深酒に付き合えるスキルは持ち合わせていない。今だって、調子に乗って酒をどんどん奨め始めるスメラギから逃げてきたのだから。
アレルヤは小さく肩を竦めながら、端末を取り出し、応答する。
「はい」
『よお』
「…ロ…ロックオン!」
しかし回線の繋がった端末のディスプレイに映し出されたのは、今は地上にいる恋人―――。ガンダムデュナメスのマイスター、ロックオン・ストラトスだった。
予測しえなかった相手にアレルヤは驚いて思わず声を挙げてしまう。
『おいおい、そんなに驚きなさんな。俺が連絡してくるのはそんなに意外か?』
「あっ…! えと…そう言うわけじゃなくて…! スメラギさんだと決め付けて応答したからそれで…っ…」
恋人の機嫌を損ねてしまったかと、わたわたと慌てだすアレルヤにロックオンは苦笑すると、怒ってないから落ち着けと宥めた。
不安げに揺らぐ銀灰の瞳に微笑みかけて、まずは伝えたかった一つ目をロックオンは口にする。
『とりあえず、誕生日おめでとう』
「え…っ、あ…。覚えてて…くれたの…?」
守秘義務には反するけれど。教えたことは二人だけの秘密だと以前に戯れた事をアレルヤは思い出す。
『当たり前だろ。地球がひっくり返ったって忘れるもんか』
そうおどけながらも、ロックオンはもちろんおまえも覚えててくれてるよな?と問いただしてきた。それにはアレルヤも心外だとばかりに即答した。
「もっ、もちろんだよ!大切な貴方の誕生日忘れるなんて…」
アレルヤが告げると、ロックオンの美しい翡翠の瞳が愛しげに細められる。
『そうか、そうか。やっぱり俺のアレルヤはおりこうさんだな』
「もう…、ロックオンってば…」
にこやかな笑みと共に褒められて、アレルヤは恥ずかしいのか頬を染めて少し拗ねたように唇を尖らせる。ロックオンはそんなアレルヤをしばしの間、ひたと見つめ後に僅かに眉根を寄せるとつい先程とは違い神妙な声音で呟いた。
『…少しは気休めになったか…?』
「え…っ…」
アレルヤが驚いて顔をディスプレイに戻すと、僅かに視線逸らしたロックオンが自重気味に告げる。
『ん…、出撃前におまえさんたちのミッション・プランの確認もして…、その時に今回のミッション提示者が誰だったのかをミス・スメラギから聞いた…』
「あ…」
アレルヤは目を見開く。
ではロックオンも今回のミッションでアレルヤが何をしてきたのか知っているのだ。
アレルヤが何者で、どんな過去を持っていて、今回戻った故郷とも呼べなくもない地で何をしてきたのかを。
「…ロ…ロック…オン…。僕…、僕…」
そう解るとロックオンにどう思われているのかが気になり、急に不安になる。アレルヤはぎゅっと瞼を閉じて俯いた。
自分自身は同胞を討つと決め、実行に移した。けれど。
それはロックオンにとってはどう映るのだろう。
このプトレマイオスのクルーたちを『家族』と称し、仲間に対する親愛の情の篤い彼が、同胞殺しの自分をどのように見るのか…。
機関にいた子供たちに罪はなかったはずだ、何故、助けなかった。大儀の前の小事とでも言うのか。おまえの仲間意識はそんなものなのか。そう、あの翡翠の瞳にきつく見据えられ、責められてしまうのだろうか。
アレルヤとて、泣き叫びながらの苦渋の決断だった。仕方がなかった。だが、実行に移した以上はどんなに言い訳しようともそれは効かない。アレルヤには「同胞殺し」と言う汚名が一生、科せられた。それはロックオンにとっては軽蔑の眼差しを向ける対象たるものになるのかも知れない。
ロックオンに嫌われる。
アレルヤは怖くて怖くてロックオンの姿を直視することなどできなかった。
どうしようもなく、神の裁きを待つ咎人のように、ただひたすらにアレルヤはロックオンからの言葉を待った。すると。

『…よく頑張ったな』

聴こえてきたのは、柔らかな声音。

「え…」
アレルヤが弾かれたように顔を上げると、労わる気持ちを如実に顕した眼差しで、ディスプレイの向こう側の恋人は呟いた。
『…辛かった…だろう?』
「…ロ…ロックオ…」
『ごめんな…おまえが辛い時、いつも傍に居てやれなくて…』
ロックオンは自身こそ辛そうに顔を歪めてアレルヤに謝罪する。
ロックオンには解っていた。アレルヤが自ら過去に向き合おうとしたこと。払拭させようとしたこと。それ故にアレルヤがどれだけ胸を痛めて、苦しんだかなどその泣き腫らした目許を見れば一目瞭然だった。
アレルヤが泣いている。
アレルヤが苦しんでいる。
それなのに自身はいつも離れた場所でアレルヤを思うだけで。
この間の人革連の大鹵獲作戦の時だってそうだ。機体がオーバーホールにかかっていて、出撃すること適わず、船体の上でアレルヤの安否を気遣うことしかできなかった。その間アレルヤは鹵獲寸前にまで追い込まれていた。運がよかったとしか言えず、何とか逃げることができたものの、戻ってきたアレルヤは酷く憔悴していた。
心から愛するからこそ、恋人に悲しい思いはして欲しくない。
立場上、すべての負の事象から庇う事はできなくとも、傍に居て胸痛める回数を減らしてやりたいと思うのに。
それらが一度たりとて叶えられてはいない。そんな自身の至らなさにロックオンは歯噛みするばかりだ。
『ごめんな…』
ロックオンはそう、もう一度、小さくアレルヤに謝る。
本当に済まなそうにするロックオンの表情と声音がアレルヤの傷付いた胸を打った。熱いものが込み上げる。
「…っ…、どうして貴方はそうやって…!」
アレルヤはいきなりに声を荒げた。
『アレルヤ…?』
「どうして…どうしてそんなに優しいんだ…っ…!」
慟哭し、声を挙げて泣き崩れた。
『アレルヤ…っ…!』
うれしくて、うれしくて嬉しくて。
こんな自分を。人を殺める事にしか持てる力を示せない愚かな自分を。想い、労わり、愛してくれる。
「ロッ…ク…オン…っ…!」
アレルヤは愛しさと感謝の想いが胸に溢れ、愛しき者を力の限りに呼ぶことしかできなかった。








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