いちご†盗人

□#An extra entertainment. 2
6ページ/21ページ

 

「美鈴、もしかして休みか」

「あ、ぎ、銀行っす。すぐ戻ると思いますけど」


 美鈴――高屋美鈴(たかやみずす)さんは董胡の妹で、あたしの直属の上司にあたる人。

 ワンレンとボディコンシャスなスーツが似合う、迫力美人なお姉様なんだけど。

 なんだ、妹さんに用事だったのか。

 あたしを誘いに来る……わけはないよな。夢、見すぎか、やっぱり。


「あれ董胡、今日も公演じゃなかったの。リハはいいの?」


 芹生が不思議そうに訊いたから、あたしはハッとして、ホワイトボードを振り返った。

 八月十六日。シヴィール全員の枠に横たわるのは『横浜公演』の文字。

 確かに今日は出勤の日じゃあない。


「ああ、もう済んでる。ちょっと所用でな。ついでに、マネージャーから美鈴に渡して欲しいものがあるって頼まれてたから寄ったんだが」

「渡して欲しいもの?」

「そう。地方巡業の土産だと思う。あの夫婦も仲睦まじいよな」

「だねえ。あ、じゃあ預かっとくよ。私、夕方までここのお手伝いだし。そだ、董胡コーヒー飲む? プロデューサーさんに美味しいの貰ったんだ。淹れるよ」

「おう、じゃあせっかくだからもらうわ。いつも悪ィな、芹生ちゃん」


 いいえー、これも妻の勤めですから、なんて笑って給湯室に向かう芹生は慣れたもの。

 そりゃそうか。

 芹生の旦那はシヴィールのヴォーカル・ナツで、そのナツはここの事務所の取締役代表――つまり董胡の上司なんだから。

 でも、あたしはまだまだ慣れないんだ。

 何度行き会っても、心臓が飛び出しそうになる。

 舞台の上に見ていた人が、すぐそこにいるっていう状況には。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ