いちご†盗人

□6、I'm hooked on…….
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 イレギュラーな初訪問から一週間後、私は高屋さんに呼び出され、再びクアイエットゾーンの事務所を訪れていた。


「ごめんなさいね、わざわざ来て貰っちゃって。ここ、交通の便も悪いのに」

「いえ、自宅にいても家事しかしてませんし。少しでもお役に立てるなら嬉しいです」


 まあ、と高屋さんは嬉しそうに頬を押さえる。笑顔になると、やっぱり董胡の妹なのだなと実感する。

 少し下がり気味の目尻が、なんとも言えず色っぽいのだ。

 そうして彼女は、手持ちのファイルを私にずいと差し出した。


「これ、隣の部屋ね。終わったら、給湯室の掃除をお願い」

「はい、頑張ります」


 本日は季節外れの事務所の大掃除。微力ながら、私もその、手伝い要員というわけだ。

 肖衛は“歌ダビ”―― つまり新曲のレコーディングがあるといって朝早くに家を出たから、私がここにいるとはゆめゆめ思っちゃいないだろう。

 彼以外のシヴィールメンバーはというと、昨日までに各々レコーディングを済ませたらしく、私が辿り着いたときにはすでに埃まみれになっていた。

 普段、華やかに舞台を彩るロックスターには、およそ似つかわしくない格好だ。


「おい芹ちゃん、そういうことは軽々しく言わねェほうがいいぜ。美鈴(みすず)は人を馬車馬のように見境なくこきつかうからな」


 事務室に顔を覗かせた董胡は、頭にタオルを巻いていて、一見とび職のお兄さんみたいだ。

 ちなみに、美鈴というのが高屋さんの下の名前。夫であるマネージャーさんと区別するために、皆『美鈴さん』と呼んでいるらしい。


「ちょっと董胡、タバコふかしてないでそこの棚、壁際に移動しなさい」

「だそうだ。頼んだぞ叶」

「ええっ、もう無理だよぉ! 僕昨日がオケでへとへとなんだからあ」


 単パン姿でへたりこむ叶が可愛くて、頬が緩んでしまう。

 オケ、はオケ録りの略で、オケ録りというのはスタジオで伴奏の録音をすることなのだと、この間肖衛が教えてくれた。

 その行程が終わってようやく、歌パートのレコーディングへ進めるというわけだ。

 業界は専門用語が多いから、時々暗号みたいに聞こえる。
 
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