いちご†盗人

□1、All's fair in love and war.
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 春が来た。春とは呼べないくらい、寒い春だった。


 私は高校の制服を脱ぐと同時に小此木(おこのぎ)から坂口(さかぐち)になって、それからほんの六時間後、いちご大福に当たっていた。

 とはいえ別に、福引きで一年分を引き当てた、とか某氷菓みたいに当たり棒が入っていた、とかいうわけじゃあない。

 いや、そのほうがどんなに良かったことか。

 当たったというのはつまり、その、お腹を……下した、という意味。

 なんとなく舌がピリピリしたし、いちごが妙に柔らかかったから嫌な予感はしたのだ。

 しかし、いくら割引価格とはいえ食べずに棄てるのはかえって損というもの。

 食欲というより小銭に勝てなかった私は、どれだけ小市民だろう。

 ……今更そんなことを言ったって、時間は戻らない、か。

 とりあえず今できるのは、早いところ胃腸薬を飲んで、この腹痛にオサラバすることだ。

 そう思ったのに、初対面のアルカリイオン製水器は『フィルター洗浄中です、しばらくお待ちください』と爽やかにのたまった。


「か、勘弁して」


 下腹を押さえてうずくまる。もう、動けそうにない。

 目前に広がるシステムキッチンは温かみのある木目調、しかし実際は暖かくも何ともない。

 むしろ凍えそう。

 やむを得ず、シンク前のマットに体を横たえたら、ふっと意識にもやがかかった。


「芹生(せりな)?」


 男の声が聞こえる。低すぎない、軽くガーゼで包んだみたいな、芯のない声が。

 誰が発したものなのか、わかったからこそ、返答なんてしなかった。
 
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