いちご†盗人
□5、Easy come, easy go.
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夕べの行動だって、我ながら理解不能。
最初は「ダサい格好で迫るな」なんて思っていたはずなのに、そっちのほうがいいなんて絶対におかしい。
肖衛の姿、見慣れてきたってことなのかな。やだやだ、考えないようにしよう。
寒気をふりはらうように身震いをしたら、膝の上にぽんと何かが着地した。肖衛の携帯電話だ。
「ごめん、着信だ。柳からだと思う。出てもらっていい?」
「えっ、あ、うん!」
画面には彼の予想通り、『柳』の名が表示されていた。慌てて受話ボタンを押して、耳に当てる。
「はいっ、坂口の携帯です」
『あ、おはようございます、しゃち――』
そこで声は途切れた。間違えたと思ったのだろう。でも、シャチって何?
「あの、肖衛、運転中なので、私ですみませんが」
『あ、ああ、お、奥様でしたか』
そんなふうに呼ばれたのは初めてだ。なんだか気恥ずかしい。
「ええと、言付けなら私がおあずかりしますよ」
『……では、お願いします。今日は午前中に一件、取材が入っていましたと』
「取材ですか」運転席を見たら、肖衛はまずい、とでも言いたげな顔をした。忘れていたのだろう。
『はい。お疲れでしたら明日、午前を空けますので今日は出勤して頂けたらと』
「わかりました。午前中は出勤ですね。申し伝えます」
『よろしくお願いします。あの、不躾ですが……奥様、電話対応がお上手ですね』
思わず返答に詰まってしまった。不躾、という言葉を実際に使用する人に出会ったのは初めてだ。
柳さんって、本当に人当たりがいいよねえ。
「そんなことないです。学生のとき、ちょっとアルバイトをしたくらいで。体力がなかったから、電話対応しか出来なかったんです」
『そうですか。声もお綺麗なので、聞き惚れてしまいました』
「またまた。褒めすぎですよ」
『いえ、事実を申し上げたまでです。では先程の件、よろしくお伝え下さい』
「あ、はい。失礼します」
電話を切ったときには、既に、進行方向が真逆になっていた。