いちご†盗人
□5、Easy come, easy go.
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シヴィールは“クアイエットゾーン”という、ごく小規模な音楽事務所に所属している。
社名には、騒音締め出し地域、という意味があるらしい。随分とシャレがきいた名をつけたものだと思う。
がしかし、彼らの他に所属しているのは名前も歌も聞いたことのないデュオが一組だけで、事務所の所在地も都心から離れた田舎町と、どうにも二流っぽさが拭えない。
だから、契約が決まったと噂で聞いた時、私も未知も首を傾げた。
大手からも声がかかっていたのに、なぜよりにもよって、こんなに無名の事務所を選んだのだろうと。
「おまたせ、ごめん、遅くなって」
事務所へ辿り着くなり更衣室へ飛び込み、ナツへと華麗に姿を変えた肖衛は、会議室のドアを開くと小さく頭を下げた。
彼の肩越しに、カメラクルーが数人垣間見えて、私は好奇心のあまり背伸びをする。取材って、テレビの、だったんだ。
ネックストラップの先に下がるニセ社員証を握りしめ、そろりと彼のあとに続く。
ここ―― クアイエットゾーンの事務所は、私達が柳さんに連絡を受けた地点から車で二十分ほどのオフィスビルの三階にあった。
自宅に引き返したり、最寄り駅に送ってもらったりする余裕はなかったから、私も同行することにしたのだけれど、内部にまで入り込んで良かったのだろうか。疑問だ。
何が出来るわけでもないからと断ったのに、とりあえず部屋の隅に立ってメモを取っているふりをしていれば大丈夫、と肖衛に押し切られてしまった。
側にいて欲しいのかな。それとも、自分の仕事ぶりを見て貰いたいとか?
「おー、珍しいじゃん。俺よりナツのほうが遅いなんて」
振り返った初穂は私に気付くと、体の影でこっそり手を振ってくる。反応のしようがなくて困る。
「だな。遅刻なんて初めてじゃねェ?」
会議用のテーブルに頬杖をつき、にやりと笑ったのは董胡。デートでもしていたのか、と聞きたそうだ。