いちご†盗人
□6、I'm hooked on…….
1ページ/16ページ
1
イレギュラーな初訪問から一週間後、私は高屋さんに呼び出され、再びクアイエットゾーンの事務所を訪れていた。
「ごめんなさいね、わざわざ来て貰っちゃって。ここ、交通の便も悪いのに」
「いえ、自宅にいても家事しかしてませんし。少しでもお役に立てるなら嬉しいです」
まあ、と高屋さんは嬉しそうに頬を押さえる。笑顔になると、やっぱり董胡の妹なのだなと実感する。
少し下がり気味の目尻が、なんとも言えず色っぽいのだ。
そうして彼女は、手持ちのファイルを私にずいと差し出した。
「これ、隣の部屋ね。終わったら、給湯室の掃除をお願い」
「はい、頑張ります」
本日は季節外れの事務所の大掃除。微力ながら、私もその、手伝い要員というわけだ。
肖衛は“歌ダビ”―― つまり新曲のレコーディングがあるといって朝早くに家を出たから、私がここにいるとはゆめゆめ思っちゃいないだろう。
彼以外のシヴィールメンバーはというと、昨日までに各々レコーディングを済ませたらしく、私が辿り着いたときにはすでに埃まみれになっていた。
普段、華やかに舞台を彩るロックスターには、およそ似つかわしくない格好だ。
「おい芹ちゃん、そういうことは軽々しく言わねェほうがいいぜ。美鈴(みすず)は人を馬車馬のように見境なくこきつかうからな」
事務室に顔を覗かせた董胡は、頭にタオルを巻いていて、一見とび職のお兄さんみたいだ。
ちなみに、美鈴というのが高屋さんの下の名前。夫であるマネージャーさんと区別するために、皆『美鈴さん』と呼んでいるらしい。
「ちょっと董胡、タバコふかしてないでそこの棚、壁際に移動しなさい」
「だそうだ。頼んだぞ叶」
「ええっ、もう無理だよぉ! 僕昨日がオケでへとへとなんだからあ」
単パン姿でへたりこむ叶が可愛くて、頬が緩んでしまう。
オケ、はオケ録りの略で、オケ録りというのはスタジオで伴奏の録音をすることなのだと、この間肖衛が教えてくれた。
その行程が終わってようやく、歌パートのレコーディングへ進めるというわけだ。
業界は専門用語が多いから、時々暗号みたいに聞こえる。