いちご†盗人
□6、I'm hooked on…….
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「で、どこまで聞いた?」
「ご両親が生死不明ってことと、弟さんが眠ったままだということだけ。董胡はもっと、深い事情を知ってるんですよ、ね」
「まあな」
「あの、私、お聞きしたいことが」
問うと、彼は顔の前で羽虫を払うように手を振って、敬語はやめてくれと言った。
「じゃあ、き、聞きたいんだ、けど」
「なに?」
「夏肖さんのこと。もしかして、ナツっていう芸名、そこから来てるんじゃないかなって」
意識して敬語を取るのは思いのほか難しい。
照れ隠しでうつむいたままクレンザーを振ったら、シンクの中は雪が降ったみたいになった。
「ああ、それは正解。元々、俺がバンドに誘ったのは夏肖のほうだからな」
「えっ」
「夏肖があんなことになって、もうシヴィールも終わりかと思ったとき、肖衛がふらっと訪ねて来て、自分が代わりをするって言い出したんだ」
「代わり……」
「そう。肖衛が歌ってやると、眠ったままの夏肖の唇がわずかに動くんだそうだ。自分が歌ってるみてェな気になるんじゃねえの」
要するにあいつは弟のために歌い始めたんだ、と董胡はタバコを一本くわえたものの、弄ぶだけで火をつけはしなかった。
私に気を遣ってのことだろう。
「弟を目覚めさせるため。弟の夢を叶えるため。俺としてはそれ、ちょっと複雑だがな」
「そう、だよね。みんな、真剣だもんね」
「それだけじゃねえよ。いつか夏肖が目覚めたら、あいつは全てを弟に譲って、消えちまうんじゃねえかと思うから」
「消えるだなんて、そんな――」
強く否定はできなかった。
そういえば肖衛は言っていた。使い捨てにされるのは嫌だから大手レーベルからのデビューを断ったと。
あれほど経営についてこだわるのも、弟さんが目覚めるまでシヴィールの音楽活動を安定して継続させるため、なのかもしれない。
「ま、最近は杞憂だと思ってるけどな。芹ちゃんがいてくれてるし」
「私?」
「そう。君は最強だ。弟のダミーである“ナツ”に大勢が熱狂するなか、たったひとり、ほんものの肖衛をみつけたんだから」
すごいことだぜ、と董胡は色っぽく笑う。そして、大きな手で私の頭をくしゃくしゃっと撫でてくれた。
「だからあいつは、君に夢中になったんだ」