いちご†盗人

□6、I'm hooked on…….
3ページ/16ページ

 

「で、どこまで聞いた?」

「ご両親が生死不明ってことと、弟さんが眠ったままだということだけ。董胡はもっと、深い事情を知ってるんですよ、ね」

「まあな」

「あの、私、お聞きしたいことが」


 問うと、彼は顔の前で羽虫を払うように手を振って、敬語はやめてくれと言った。


「じゃあ、き、聞きたいんだ、けど」

「なに?」

「夏肖さんのこと。もしかして、ナツっていう芸名、そこから来てるんじゃないかなって」


 意識して敬語を取るのは思いのほか難しい。

 照れ隠しでうつむいたままクレンザーを振ったら、シンクの中は雪が降ったみたいになった。


「ああ、それは正解。元々、俺がバンドに誘ったのは夏肖のほうだからな」

「えっ」

「夏肖があんなことになって、もうシヴィールも終わりかと思ったとき、肖衛がふらっと訪ねて来て、自分が代わりをするって言い出したんだ」

「代わり……」

「そう。肖衛が歌ってやると、眠ったままの夏肖の唇がわずかに動くんだそうだ。自分が歌ってるみてェな気になるんじゃねえの」


 要するにあいつは弟のために歌い始めたんだ、と董胡はタバコを一本くわえたものの、弄ぶだけで火をつけはしなかった。

 私に気を遣ってのことだろう。


「弟を目覚めさせるため。弟の夢を叶えるため。俺としてはそれ、ちょっと複雑だがな」

「そう、だよね。みんな、真剣だもんね」

「それだけじゃねえよ。いつか夏肖が目覚めたら、あいつは全てを弟に譲って、消えちまうんじゃねえかと思うから」

「消えるだなんて、そんな――」


 強く否定はできなかった。

 そういえば肖衛は言っていた。使い捨てにされるのは嫌だから大手レーベルからのデビューを断ったと。

 あれほど経営についてこだわるのも、弟さんが目覚めるまでシヴィールの音楽活動を安定して継続させるため、なのかもしれない。


「ま、最近は杞憂だと思ってるけどな。芹ちゃんがいてくれてるし」

「私?」

「そう。君は最強だ。弟のダミーである“ナツ”に大勢が熱狂するなか、たったひとり、ほんものの肖衛をみつけたんだから」


 すごいことだぜ、と董胡は色っぽく笑う。そして、大きな手で私の頭をくしゃくしゃっと撫でてくれた。


「だからあいつは、君に夢中になったんだ」

 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ