いちご†盗人
□#An extra entertainment.
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夕暮れ、茜色に染まる雲。焼けるような、独特の臭い。空が炎上しているみたいだと思う。
となると、夜の闇はさしずめ焼け残った炭ってところかな。
そんなことを思いながら鼻をすんと鳴らして、俺は社長室のブラインドを降ろした。
陽が、また、のびた。
実感するのは恐らく数ヶ月ぶりのこと。
逆に言えば日々のわずかな変化など、積もり積もらなければわからないものなのだろう。
人間の感覚なんてひどく曖昧にできている。
よほど意識的に観察しなければ、少しの変化は目にとまらない。
いや、曖昧どころかいい加減なのかもしれない。
ひとりの人間が丸ごと入れ替わったって、誰も気付かないくらいなんだ。
それでいいと思っていたんだ。
そんなものだと思っていたんだ。
あの日、君に、本心を見抜かれるまでは。
「おーす、ナツ、いる?」
ドアを勢い良く開きながら、つんのめるようにして部屋に飛び込んできたのは初穂だった。
物思いにふけっていた俺は存分に驚かされて、むっとしながら椅子に腰を下ろした。
「ノックくらいしてよ。それに、ここでは社長と呼べって何度も言ってるだろ」
「細かいこと言うなって。はい、これ申請書」
「エフェクターなら買わないよ」
「ちょ、見る前に却下するなって」
「もう五回目だよ。流石にわかるよ」
あーっ、とあからさまなブーイングを発して彼はソファーに倒れ込む。
経費でものを購入するときは、俺か美鈴さんを通すのがクアイエットゾーンの決まり事だ。
とはいえ俺は滅多なことでは申請を受け入れない。
直接ここに持ち込んでくるのは、それを全く理解していない初穂くらいのものだ。