Peewee

□恋するデザイン
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「昨日もウィダーインしかとってないし、僕、心配で心配で」
「うるっさい、仕事部屋には来るなと何度も言ってるでしょうが!」

 ぐずぐずと鼻声でいかにも健気そうに訴えかけてくるものだから、あたしは耐えかねて鷲のマークの茶色い空き瓶を放った。ちなみにこれが朝からのマイ摂取カロリーの大半である。

「暇ならとっとと働きなさい!」
「ひいっ」

 しっしっと追い払って足先でドアを閉める。そうしてあたしは真っ白なクロッキーブックを前に、ひとり馬鹿でかいため息を零すのだった。

 あと二十四時間で期日がやってくる。
 もう、プレゼンに間に合うかどうかという瀬戸際だ。それこそランチなんて悠長に食べている場合じゃあない。

 かのレイモンド・ローウィ(たばこのピースやコーラの自販機をデザインした人ね)に憧れてこの道を志したあたしは、巷に出回る工業製品を手がけている。そう、デザインというとファッションだと思われがちだけれど、あたしの専門はプロダクトデザインなのだ。
 今はまだ仕事が選べる状況ではないから、お菓子のパッケージやらチラシやら、家具家電の類いまで、ありとあらゆるものを請け負ってはいるけれど。

 華やかに見えて厳しい世界だ。とはいえ女だからと言ってナメられたくはないし、妥協をしたら終わりだと思う――なんて、理想を語っていたらすでに三十路は目前。

 これはいわゆる崖っぷちってやつだ。一応、自覚はしている。ここ数年に至っては彼氏もいないしデートの予定だって皆無なのだから。
 でも、言い訳をするわけではないけれど、この事務所を立ち上げてからあたしにとってなにより大切なのは、目先の締め切りと部下の生活。顔も分からない未来の旦那さまよりよっぽど現実的だし、ずっと切実だと思う。

 てなわけで最近実感しているのは、夢を追うのはある程度若いうちでなければできないのに、女にとってその期間はあまりにも短いということ。
 不公平だ。男に生まれたかった。恨むよお母さん。ついでに言わせてもらえるなら、お見合い写真を送って来るの、いい加減やめてよ。いえ、やめていただけますか。やめていただけたら助かります。

「ううううう」

 腹の奥底から声を絞り出し、頭を抱える。こんな姿、誰かに見られようものなら119番、救急隊が駆けつけること必至だ。
 今回の依頼はというと、小さなペットボトル飲料のパッケージ。
 コンセプトは「健康」で、クライアントによるとセールスポイントは特許を取得したばかりの製法らしい。
 どれだけ努力を積み重ねて出来上がったものなのか、研究室の方の熱弁でずっしり受け止めたばかりだ。失敗に失敗を重ね、開発に五年の歳月を要したとか。
 だからあたしはそれを上手に消費者に伝えなければならない。いわばメッセンジャーの役割だ。

 それが、デザイナーの仕事。
 でも、考えれば考えるほど迷う。

 いつだってこうだ。自信なんて毎回ない。こんな自分が‘先生’だなんて、笑える話だ。
 ちょこっと雑誌に取り上げられて、ちょこっと名前が売れただけ。中身がご立派になったわけではないのに。
 ふと背もたれに寄り掛かると、すりガラスの窓越しに真っ赤な夕日が見えた。
 
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