Peewee
□歌い鳥、嘯く
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―――― ペットボトルでも持って乗れば良かったなあ。
恐ろしいほど乾燥した地下鉄内で、私はまた少し背中を丸める。喉が痛い。
新年初の出社日、予定は会議だけだから重いものなんてひとつも入っていないのに、帆布のトートバッグは鉄アレイみたいにずしりと肩にくる。
これは罪悪感の重さだろうか。
「……けほ」
乾いた咳をひとつ零すと、すぐ前に立っていたサラリーマンが迷惑そうに顔を背けた。
申し訳なさがバッグの中でさらに膨れ上がる。重い。重すぎる。
風邪を引いたくらいで仕事始めから欠席するのはどうかと思ったけれど――
病気のときに閉じこもるのは、あれ、自分のためだけじゃなくて他人様のためだったりする? よ、ね。
いつだってそういう肝心なことになかなか気付けない、暢気な自分に嫌気がさしてしまう。
ごめんなさい。どうか皆さん、降車後に手荒いうがいを徹底なさってください。
脳内でクロスを切ってそう懺悔する私は、本宮いつか(もとみや・いつか)、二十七歳。
小さなデザイン事務所に勤める、アシスタントのデザイナーとは仮の姿。
現在は風邪の病原体を飛散して回る質の悪い生物兵器なのだ。