□小説□

□虫の音と広い背中
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「ちょっとヒル魔くん!もうちょっとスピード落としてよ!落ちそうで怖いわ…!」

「あー?てめぇがやりたいって言ったんじゃねぇか。」


口では文句を言いつつもスピードを若干下げてくれる。
一人で自転車に乗り坂道を下るのなんて怖いと思ったこともないし特に感想なんてなかった。
それなのに今こうしてヒル魔くんと二人乗りをしていると坂道を下るというよりは地獄へ向かってるかのように猛スピードで下降していくから怖くて仕方がない。
耳の近くで風が音になるのを感じるほどだ。
必死に背中にしがみ付き、振り落とされないように体に力を込める。
前のほうからは楽しそうな笑い声がしているが私にはそんな余裕ない。


「おら、下りきったぞ。」


目を閉じていた私に安心させてくれるような声音で言ってくれる。
それに合わせて目を開くと平らな道を自転車はのんびりと進んでいた。
死ぬかもしれない、という先ほどまで私の心臓をうるさくさせていた不安要素が消えたことにより、ヒル魔くんの体に回していた腕の力を少し緩めた。


「でもよく自転車なんて借りられたわね。これヒル魔くんのじゃないんでしょう?」


乗っている自転車を見降ろしながら問いかける。
ヒル魔くんが自転車登校しているところなんて見たこと無い。
かといって電車で来ているのかバスで来ているのかもよくわからないのだが。
本来の持ち主は誰なのだろうと純粋に疑問に持ち聞いてみるが、すぐに聞いたことを後悔した。


「決まってんだろ。俺の手帳があればこんなもんいくらでも調達できる。」


やっぱりそうよね…。
正義感の強い私にヒル魔くんに対する怒りが込み上げてくるが、実際自分も乗ってしまっているのだし楽しんでいるのだからなんとも複雑な気持ちだ。
この自転車の持ち主に心のなかでそっと謝罪し、今日だけは自分の正義感を捨てた。


「で?自転車で眺める町は楽しいか?」

「うーん…そうねぇ…。正直言えばあまり変わらないわね。そういうヒル魔くんは?」

「俺はお前のわがままに付き合ってるだけなんだから特に感想は無ぇ。」

「あら、そう。それじゃ楽しいと思ってるのも私だけなのかしら?てっきりヒル魔くんも同じかと思ってたけど?」

「自意識過剰にも程があるんじゃねぇか?」

「もう!素直じゃないのね…!」


言いあいをしながらもどんどん町の景色は変わっていく。
喧噪の市街から離れた今は、私たちの声と虫の鳴き声が聞こえていた。


「もうセミの季節は終わっちゃったのね…。」


夏から秋へと季節をまたぐとき虫の奏でる音も変化している。
セミのような激しさとは違う穏やかな雰囲気を醸し出す鈴虫。
心地よく耳に入り込んでくるのを体いっぱいに受け止めながら、前にある広い背中に頭を預けた。
沈みかけた夕陽は私たちの後ろに長い影を作り、まるで分身のようだ。
どこまでもどこまでもついてくる影に視覚を支配され、季節を感じさせる鈴虫に聴覚を奪われる。
なんとも不思議な感覚だ。


「もう満足か?」

「え?…えぇ、そうね。ありがとう。」


放心状態だった私に急にヒル魔くんの声が降ってきた。
お礼を言えば本当に聞き取れないくらいの小さな声で「俺も結構満足してるぜ。」なんて囁くから私の頬は簡単に綻んでしまった。


「ヒル魔くんの背中って大きいね。」

「お前それ誰と比べてんだ?」

「誰って…そういえば比べる相手いないわね。それじゃ…私かしら?」

「そりゃ女のお前より男の俺のほうがデカイに決まってんだろ。」

「そうなんだけど…、なんていうのかなぁ…。安心できる、大きい背中…?っていう感覚なんだけど…。」

「ケケケ、んじゃ褒め言葉として受け取っとくぜ。」


家にたどり着くまでの間私はその広い背中にしばらく頭を預け、子守唄のように響き渡る鈴虫の音を聞きながら眠りそうになるのを我慢した。
変化してゆく街並みや景色の中に、ただ一つだけ変わらない存在を知れたことが一番の奇跡のようなものなのかもしれない。





■END■




アトガキモドキ
帰り道を自転車で二人乗りするヒル魔さんとまもりちゃんでしたぁw
一応付き合ってる設定かな?
最近セミの声消えましたよねー。
代わりに鈴虫の声が。
夏があっと言う間に過ぎちゃいました。
秋くらいの季節が一番過ごしやすいかもしれない。
イチャコラしてる2人が書ければいいのにな〜…。


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