*小説*

□どんな時でも貴方はアナタでいて
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いつもと同じように学校に行く。
いつもと同じように部活に出る。
いつもと同じように…
すべてがいつもと同じように何も変わらない。
繰り返される日常は明日もその次の日も…しばらくはこの生活リズムが狂うことは無いはずだ。
そう、しばらくは…
それは今だけで構成された満ちた世界でしかない。
過去は振り返れてもやり直せるわけではない。
訪れる未来は誰も知らないが故に恐怖と喜びを混ぜて押し寄せてくるもの。
俺はいつまでこの鉄格子の中にいるのだろうか。
抜け出したいならそうすればいい。
それができないのは満足しているから。
そう思ってしまう自分には未来が見えていないのだろう…。


「チッ…」


傍にいる人間が俺が不機嫌な理由を悟らないよう窓を見ながら舌うちをした。
数多の水滴がガラスを伝いながら重力に従って落ちていく。
重たい雲の層はしばらく太陽を隠すつもりらしい。
これで傍から見れば雨のせいで不機嫌になっていると思わせることができるはずだ。


「何か不安ごとでもあるの?」


どうやら俺の願いは叶わなかったらしい。
テーブルの上にカップが乗る音がした。
黒い液体からは湯気が立ち昇り鼻を刺激してくる。
それは俺の気分を鎮めるどころか心の闇を彷徨わせるように煽ってきた。
俺の傍で立ったまま微動だにしない女を見て、質問には答えずコーヒーを胃へと流しこんだ。


「ヒル魔くん…?」


表情からも声からも不安そうな感情が俺の耳に侵入してくる。
他人の心配をするのはこいつの才能なのかただのおせっかいのか、煩わしく感じるのがいつも通りのはずが何故かこの日だけは心地よく感じた。
女のソプラノは外の雨の音と混ざって楽器を奏でているように聞こえた。
俺がそんなことを考えてるとは露ほども考えていないだろう。
瞳はまっすぐ俺を捕えて離さない…。


「なんでテメェにはバレちまんだろうな…。」

「…なにが?」

「俺の感情。」

「…わからないよ。どうしてヒル魔くんが悲しそうな顔してるのか…」

「姉崎…」


だから心配になるの。と続けた女の声は無視して名前を呼んだ。
自分が出来る限りの優しさで唇がこの女の名前を紡ぐ。


「何?」

「俺はガタイがいいわけじゃない。」

「…うん」

「俺は走るのが速いわけじゃない。」

「…うん」

「俺は…凡人だ…。唯一使えるのは頭くらいだ。」


そう、凡人なんだ。
俺以外に優秀なQBなんざ掃いて捨てる程いる。
わかりきっていたことだというのに改めて口にするとこうも落胆するものなのか。
俺のこの先の人生でアメフトが続けられるかどうか…
希望なんてほんの僅かなものだろう。
それでも可能性は0ではないと信じたい。
0じゃない限り足掻きもがいてやる。
それが俺だ…。


「大丈夫。」

「姉崎…?」


一瞬何が起こったのかわからなかった。
背中に伝わる温もり、首に巻きついている自分ではない誰かの腕。
耳元で囁かれる声。
近くで感じるもう一人分の鼓動。
俺は後ろから抱きしめられていた…。


「大丈夫だよ。ヒル魔くんはヒル魔くんなんだから。他の誰でもないヒル魔くんなのよ。」


不安が消えていく…。
闇が光に侵食され始めていた…。
俺を安心させるかのように首に巻きついていた腕に力が加わる。
その腕に自分の手を置いて、そっと離した。
腕がはずれ自然と密着していた体も俺から離れて行った。
拒絶したわけじゃない。
ただ正面から向き合いたかった。
視線が絡み合うと沈黙が訪れる。


「姉崎…」

「ヒル魔、くん…。」


俺の名前を呼んでくれるその唇に指を這わせた。
滑らかな頬を上っていき耳元まで指を持っていく。
そしてそのまま髪の中に手を入れ頭を引きよせた。


「ん…っ」


噛みつくような口付けをしてやった。
勢いと欲望に任せて唇を合わせる。
柔らかい感触を楽しむだけでは足りず割って中に入り舌を蠢かせた。
姉崎は嫌がるそぶりなんて見せずに瞼を閉じて俺を受け入れていた。
貪るように味わい時間をかけて愛しさを流しこんでやる。


「ヒ、ヒル魔…くん」


俺が解放してやると喘ぎながら顔を真赤にしてなんとか名前を呼んでいる。


「俺は…」

「大丈夫。」

「…姉崎?」


天使のように美しい笑みが俺に向けられていた。
そしてこの後の姉崎の言葉で俺は天使に溺れる未来を見た…。






どんな時でも貴方はアナタでいて



■END■



アトガキモドキ
ネタ提供者渡季様!ありがとうございます!
このネタは難しかった。
どうやってシリアスから甘に持っていけばいいのかわかんなくて結局最後までシリアスっぽい感じになってしまったかもorz


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