◆小説◆

□最後のメールと届かない言葉
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時の流れは人を癒してくれるものだと言うけれど…。
私にとってはそんな優しいものではない。
時の流れは残酷だ。
それとももっと時が経てば私は前に進めるのだろうか?
綺麗な思い出はどんどん色褪せて記憶から少しずつ消えていくのだろうか?
だとしたら、私はそんなこと望まない。
喜んで残酷な時の流れに身を置き永遠に流離うことを誓おう。
認めたくない現実と向き合わなければいけない時は必ず来るもの。
もう二度と言葉を交わすことを許されない私たちは始まりを迎えることなく終焉を迎えてしまった…。


「きゃ…っ」


熱を帯びた生暖かい風が体を通り過ぎていく。
悪戯に私の髪を靡かせ、スカートを揺らすその風を鬱陶しく思いながら空を睨んだ。
どこまでも果てしなく続く青空。
眩しくて思わず目の上に手をあて影をつくった。
…ここで立ち止まっていても何も始まらない…。
私はたくさんの墓石がある中を進み彼の元へと急ぐ。


「やっと…ここに来れたよ。」


激しい蝉の鳴き声に溶け込んでしまいそうな私の声。
冷たい墓石に触れて、何度も何度も現実を呪ってみようとするが、逆に受け入れる準備だけが整っていく。
彼が永遠の眠りについてもう1年になる。
それまで私は一度もここに来ていない。
いや…来れなかった…。
ここに来るまでにだいぶかかってしまったが、私は今ここにいる。
鞄に入っている携帯を取り出し受信BOXを開く。
一年前の日付のメール。
送信者は…ヒル魔くん…。


「ねぇ、ヒル魔くん…。あの日…私ずっと神様に願ってたんだよ?あなたの大嫌いな神様にお祈りしても…届かなかったみたいだけど…。」


ヒル魔くんが入院してから、私は毎日のように病室へと足を運んだ。
そのたびに『そんなに暇なのか』とか『ここしか来る場所が無いとは寂しい奴』って言われたけど…。
ベッドに寝ている貴方を見るだけで安心できた。
あぁ、ここにいるんだ…って。
だからヒル魔くんがお見舞いに来る私にいつもと変わらないニヤついた顔をするだけで充分によかった…。
でも…。
そんな元気…本当は無かったんだね…。
私だって…気づいていた。
ヒル魔くんが回復にむかっていないことぐらい…。
お互い悟られないようにしていたね。
そして最後の時はやってきた…。


『てめぇ明日は来んなよ。』

『うん…。わかった…。』


家でヒル魔くんの無事を祈ることしか私にはできない…。
その次の日の手術は成功せず、神に祈り続けていた私は裏切られた気さえした。
握りしめた携帯の画面は彼からの最後のメールのまま…。
最後に交わした言葉が、最後の表情が、頭に焼きついて離れない…。
最後に届いた彼からの一通のメール。
題名はなく、本文を開いてもそこは空白が続いていた。
どれだけ改行したのだろう。
スクロールしても何も出てこなかった。
同じボタンを押してスクロールし続けていると、やっと文字が現れた…。


−てめぇのこと、嫌いじゃなかったぜ。―


たった一文が、私の涙腺を壊した。
溢れる涙がディスプレイに零れ落ち、拭っても拭っても止まることを知らない雫たちは重力に従ってぽとり、ぽとり、落ちていく…。
返信しても受け取る人がいないのはわかっているが、指先は勝手に返信ボタンを押していた。
一文だけ打ち終えると、いつも決まって消去する。
この行為を今まで何度繰り返しただろう…。


「今日はね、ヒル魔くんに言いたいことがあって来たの。一年もかかっちゃったけど…。」


好きと気づいたときには隣にいなくて。
その現実を受け入れるのにこんなにかかってしまった…。
でも、今日はちゃんと伝えるよ。
一年越しの私の気持ち…。


「私も…ヒル魔くんのこと…嫌いじゃなかったよ。」


頑張って笑顔で伝えようと思っていたのに頬を伝う一筋の涙がそれを許してくれなかった。
届かなかった言葉は、今やっと、風に乗ってくれた。





■End■






アトガキモドキ
やってしまったヒルまも死ネタ。
ヒル→←まも。みたいなね。
言葉を伝える相手がいるのは素敵なことなんですよね、きっと。


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