□小説□

□犬と女と俺
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「う、わぁ…!見て見てヒル魔くん!可愛いよ!」


日もすっかり暮れた部活帰りの道でこの女が可愛いと言って近づいた生物に自分も近づいた。
小さな小型犬がリードに繋がれながら散歩途中のようだ。
リードの先にはどこにでもいるような見るからに温和そうな老婆。


「あらあら、学生さんかい?仲が良さそうだねぇ。」


その老婆が見つめる先には姉崎と俺の繋がれた手。
確か「手袋忘れたからお前が温めろ」とか適当な理由で半ば強制的に繋いだ手。
姉崎は嫌がるわけでもなく苦笑交じりに俺の手を優しく包み込むように握ってくれた。
直に伝わる温かさは俺だけのもの。
付き合いだして初めてわかる自分の独占欲の強さ。
俺はこんなにも一人の女に執着するタイプだったのか…。
生暖かい老婆の視線から逃れようと姉崎を軽く引っ張り、帰るように促してみるが効果は無かった。
それどころか繋がれていた手を放ししゃがみこんでしまった。


「おい…。」

「ごめんね?だってこの子があんまりにも可愛いから…。もう少しだけ…ね?」

「チッ…好きにしろ」


舌打ちをして横を向いたのは不機嫌だと思わせるため。
本当は見上げられた瞳を直視できなかったからだとは死んでも悟られるものか。


「きゃ、ははは…!ちょっと、くすぐったいじゃない…!」


聞こえてくる姉崎の笑い声に視線をそちらに戻せば、姉崎の掌を舐めまくっている犬がいた。
その犬は手だけでは足らなかったのか、身を乗り出してしゃがんでいた姉崎の頬にまでその舌先を這わせていた。
犬のくせに一丁前に二本足で立ってやがる…。
尻尾を大袈裟に振りながら姉崎の頬、首筋を舐めている。
その光景は端から見たら可愛らしく愛らしいものなのだろうが、オ俺からしてみれば不愉快以外の何ものでもない。
今すぐに引き離してやりたかったが、姉崎の楽しそうな表情を見るとそんな思考はすぐにどこかへ行ってしまった。
ほんの数秒前までは目の前の犬に嫉妬していたというのに、女の楽しそうな顔見ただけで「あぁ、別に悪くねぇか」と思ってしまった俺は心底この女に惚れているようだ。
欲を言えばこの女を笑わせるのも怒らせるのも悲しませるのもすべて自分でありたと思うが、所詮そんなめちゃくちゃな願いは叶わないと知っている。


「ふふ、ねぇヒル魔くんもこの子に触ってみたら?可愛いわよ?」

「イラネー。すでに一匹小動物飼ってるしな。」

「え!?ヒル魔くん動物飼ってたの?知らなかったわ。今度会いに行ってもいい?」

「何言ってんだ?ここにいんだろ?俺のペットは。」

「…?どこに…?」


あたりをキョロキョロと見まわすアホ面を眺めるだけで楽しいと思ってしまう。
もう末期症状だな。


「ここに。」


あちこち目で探していた姉崎を指さしながら言えば、やっと意味がわかったのか顔を徐々に真赤にさせたコイツの怒声が響き渡った。


「私はあなたのペットじゃありません!」

「似たようなモンだろ。」

「もう、ヒル魔くん!」

「ケケケ。おら、行くぞ。」

「あ、ちょっと…!」


先に行く俺の後を追ってくる足音が聞こえる。
近づいてくる音がやや遅かったのは律儀にあの老婆に礼でも言っていたのだろう。
もうすぐで二人でいられる時間は終わる。
あの分かれ道までは歩いて5分もかからないだろう。
それまでの間にどんなふうにからかうか、姉崎が追い付くまで決めなきゃだな。




■END■



アトガキモドキ
犬にさえ嫉妬しちゃうヒル魔さんでした〜w
犬に自分の女を舐められるのが気に入らなかったけど楽しそうなまもりを見てたらまぁいいかという気持ちになっちゃうヒル魔さんでした。
つまりまもり第一という考えで^^
甘くはないですね〜たぶん。
ほのぼの系?


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