*小説*

□枝垂れ桜が隠す二人
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宵の始まりを告げる金色の月。
無数の星たちが輝きを競い合っている。
吸いこむ空気は多少の冷たさを含んでいるものの、肺に伝わるのは柔らかな春の温かさ。
枝垂れ桜に溶け込むようにして一本の太い枝に座っている男がいた。
銀色に輝く長髪は淡紅白色の花びらと一緒に風に吹かれていた。
見降ろした先には騒がしい本家の妖怪たち。
見上げた先には静かな闇で光る宇宙の欠片たち。
リクオはその中間地点にいるような気分だった。
昔からある一本の枝垂れ桜の木に登り、何かを考えるわけでもなく目に映る物を流していく。
煩いのに静寂な世界。
誰にも邪魔されない自分の場所。
リクオは視線をもう一度空に移した。
掴めるはずもないのに手は無意識天に向かって伸びる。
そのとき…、


「リクオ様ー?」


リクオを呼ぶ声がした。
伸ばした手を元に戻し下を見るとそこにはつららがいた。


「…どうした?」

「あ、いえ。ただお姿が見えなかったものですから…」

「俺はここにいる…。」

「そうですね。そこは昔からリクオ様のお気に入りの場所ですものね。」

「つららも来るか?」

「え?」

「俺のお気に入りの場所に。」


ふわり、まさにそう表現するのが正しいかのようにリクオは地面に降り立った。
荒々しい音は一切なく軽やかに。
桜を背景にして佇む姿は思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。


「じっとしてろよ。」

「あッ」


リクオはつららの肩と足に腕を回すと軽々と抱き抱えた。
突然間近に感じるリクオの熱に頬を桜色に染めるつらら。
胸板に頭を預けていると一定のリズムで音が聞こえる。
緊張しているのは自分だけなのだろうか…。
そんなことを考えているとあっという間に紅色の花びらの中にいた。
リクオはつららを下ろす素振りは見せず、そのまま自分の上に乗せたまま最初と同じように枝に体重を預けた。
つららは落ちるのが怖いのかリクオの首に腕をしっかり回している。


「どうだい?ここからの眺めは?」

「…素敵です…。」


心からそう思っているのだろう。
紅色の桜や夜空に光る宝石を見る目が爛々と輝いている。


「きゃっ…!」

「おっと…」


少し強い風が二人を揺らした。
靡くつららの黒髪に薄紅色の欠片が舞い落ちる。
もちろんつららだけではなくリクオの髪にも流れ落ちてきた。


「リクオ様、桜の花びらがついてますよ?」

「つららにもな。」


どちらからともなく微笑みが零れた。
二人だけの穏やかな時間が桜に包まれている。


「リクオ様…?」

「目、閉じな。」

「は、い…。」


頬に添えるように手を置き親指で唇をなぞりながら触れてくるリクオにつららは動けなくなった。
辛うじて動く口がリクオの名前を呼ぶ。
そして言われた通りに目を閉じると先ほどまで感じていたリクオの指の感触は無くなっていた。
代わりに温かく柔らかい唇が重ねられている。


「んんッ…」


次第に激しく求められ甘い声が漏れてしまった。
リクオは花弁のついたつららの頭を抱きながらゆっくりと唇を離す…。


「…そろそろ戻りましょ?みんな心配し始めるころでしょうし。」


「あぁ、そうだな。その前にもう一度…」

「リクオさ、ま…ッ!」


リクオとつららは無数の淡紅白色に包まれ金月に照らされながら深く口付け合った…。












どうかこの時間がいつまでも






■END■







アトガキモドキ
ほのぼの甘めを目指したつもりです。
春っぽい感じにしたかったけど…それっぽくなりましたかね?


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