*小説*
□君は僕を殺すのに、銃も剣もいらないだろう?
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頑張らなくちゃいけない…。
マネージャーだからとかみんなのためとか…
そうじゃない。
私はただ一人のために頑張ろうと思っている。
ただ一人…ヒル魔くんのためだけに…。
少しでも彼の負担を減らしたくていつもより多めの資料整理をしたり用具の準備や後片付けを早めにしたり。
とにかくいつも以上に体を動かして自分に出来ることはやってあげようと思った。
そうすることで彼が練習だけに集中できるように。
他の一切の煩わしさから遠ざけてあげたかったから。
「おい、10分休憩だ!」
ヒル魔くんの声でグラウンドに響いていた部員たちの掛け声やらが止まった。
休憩という合図を聞いて休みだす彼らとは反対に私はドリンクやタオルを持って駆け寄った。
乾いた地面を蹴るスピードが遅くていらいらする。
自分の運動神経が特別いいわけではないのはわかりきったことだが、それでも早くみんなのもとへ行こうと心だけが体を追い越して走ろうとする。
…しかし、そこで異変を感じた。
地面を蹴っているはずなのに何故か宙に浮いているような…。
体のどこがどう動いているのかわからない。
それに加えて意識も朦朧としてきた。
私は瞳は何も映すこと無く閉じられていった…。
地面にぶつかるならきっと痛いんだろうな、と思っていたが痛覚は反応しなかったらしい。
代わりに何かが私を包み込むような感覚がした…。
*************
「…ぅ…ん…?」
目が覚めると見慣れない天井が視界に入ってきた。
ここはどこだろうと思い、真上に向いていた頭をぐるりと横に動かす。
すると今度は様々な薬品が入った棚が目に入った。
そして自分がベッドに横になっていることもわかった。
つまり、ここは保健室だ。
道理で見慣れない天井なはずだ。
普段学校の保健室の天井なんて気にするわけが無い。
自分のいる場所はわかったがどうしてここにいるのかはわからなかった。
私の記憶が正しければ確かグラウンドにいたはずだ。
目覚めたばかりで思考回路が上手く回らないらしく、わからないことだらけだ。
何もわからないまま疑問符を浮かべることしかできない。
「よう。やっと起きたか糞マネ。」
私のことをこんなふうに呼ぶのは一人しかいない。
何度注意しても直してくれないからいつの間にか定着してしまったけど。
同時に自分以外の誰かがいたことに気付いてなんとなく状況がわかってきた。
「私…もしかして倒れたの?」
「倒れる前に俺が止めた。」
「止めた…?あぁ、それで何かに包まれるような感覚がしたのね。まさかヒル魔くんが私を抱きとめてくれるなんて。」
「勘違いすんなよ。俺はお前が持ってたドリンクを心配しただけだからな。」
「あらそうなの?ちょっと残念。でも助けてくれたことに変わりはないからここは素直にお礼を言うわ。ありがとう。」
「ドウイタシマシテ」
私をここまで運んでくれただけでも驚きだが、ここから動こうとする気配が無いのにもっと驚いた。
私は目が覚めたのだから部活に戻ってもいいはずなのに。
もしかしてもう部活の時間は終わっているのかと思い時計に目をやった。
最終下校時間までまだまだ時間はあった。
外からも元気な声が聞こえる。
それでは何故彼はここにいるのだろうか…。
それに気になることが一つある。
「おい。」
「ねぇ。」
私たちの声が重なった。
ヒル魔くんはいつの間にか私が寝ているベッドのすぐ横にイスを持ってきていてそこから私のことを見降ろしていた。
「何?」
「お前こそなんだよ?」
「ヒル魔くんからどうぞ?」
「レディーファーストって言葉知ってっか?」
最後にしっかり疑問符をつけた会話をしながら先を譲り合った。
結局私が先になったらしい。
「私が眠ってる間…ずっとここにいてくれたの?」
「あぁ。」
「…どうして?」
「心配ダッタカラデスヨ。」
「もう!まじめに答えてよ。」
「別にどうでもいいだろ。それより…なんか飲むか?って言っても水くらいしか無ぇけどな。」
ヒル魔くんは私の返事なんて聞かずにコップに水を入れ始めていた。
無言で差し出される水を両手で受け取り一口飲みこむ。
喉を通る冷たさが心地よくてもう一口、二口と飲んでいくうちにいつの間にかコップの中は空っぽになっていた。
「念のために熱測っとけ。」
「あ、うん。」
渡されるままに体温計を受け取って言われた通りにする。
水を飲んでるときも思ったけど、彼の視線は私から少しもはがれない。
「あの…」
「あ?」
「そんなに見られると恥ずかしいんだけど。」
「テメェの具合がよくなりゃ視線はずしてやるよ。」
「具合ならもう大丈夫よ。」
「俺が大丈夫だと思うまでは大丈夫じゃねぇんだよ。」
何を言っても言い返されてしまう。
早くしないと部活の時間が終わってしまうのに。
「私なんかより練習のほうが大事でしょ?時間がもったいないわよ?」
「いいんだよ。お前も黙って寝てろ。」
「充分寝ました。」
「もっと寝ろ。頑張り過ぎて倒れるくらいなら頑張るな。」
「…気付いてたのね。」
「当たり前だろ。」
ここは大人しく寝るしかない…。
しかしすぐに眠気がやってくるはずもなく瞼が重くなることもなかった。
しばらく寝たフリをしながら聴覚を研ぎ澄ませヒル魔くんの動向に意識を集中させた。
「ゆっくり休め、姉崎。」
優しい声は耳に届き、
温かい唇が額に降ってきた。
すぐそばにミントのような香りが漂っている。
思わず目を開けそうになったが、ヒル魔くんは私が寝てると思っているはずだから目を開けるわけにはいかなかった。
妙にドキドキして心臓がうるさい。
しかしどうやらヒル魔くんの行動は睡眠薬になったようで、私は眠りの世界の扉を開いていた…。
*************
「ったく…心配させやがって…。」
穏やかな寝息をたてる女を見降ろして安堵のため息をついた。
倒れるほど働く必要など無いというのに。
俺は明るい色をした姉崎の髪に指先を絡めながら寝顔を見つめた。
姉崎が倒れそうになった瞬間を思い出すと今でも胸の中がざわつく。
心配でたまらなくなる。
早鐘を打つ心臓は必要以上に動き過ぎて止まってしまうのではないかとさえ思えた。
この女に、
俺の心臓が、
持って行かれる…。
それほどに俺は姉崎に入れ込んでいるらしい。
それも悪くないと俺が本気で思っていることをこの女はいつ知るのだろうか…?
君は僕を殺すのに、銃も剣もいらないだろう?
■END■
アトガキモドキ
ネタ提供者LYCORIS様!ありがとうございます!
とにかくタイトルがすごいなと思いました!
見た瞬間すげぇ!と思わず口に出しちゃいましたw
このタイトル普通日記のほうで使いたいくらいだもん。
ネタが甘甘だったはずなのに完成してみたらちょっと冷めてる?落ち付いてる感じになってしまったかも。
なんていうか…ヒルまものラブラブってどうやって書くんだっけ?
誰か教えてくださいw