*小説*

□不機嫌な君は氷のよう
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「今日は月が綺麗だな。」

「そうですね。」

「少し冷えるな。」

「そうですね。」

「…。」

「…。」


何を言っても「そうですね」としか言わないつらら。
ひんやりとした風は吹く度に心が凍らされていくような感じがする。
交わらない言葉に氷の吹雪が攻めてくるようだ。
縁側に腰かけ夜空を見上げる時間はこんなにも重苦しいものだったろうか。
普段ならば目映く浮かぶ三日月よりも煌びやかな瞳で見つめてくれるというのに…。
桜色の唇から紡がれる囁きは俺を至高の悦びへ酔わせるというのに…。
機嫌の悪いつららの隣はこんなにも居心地が悪いものなのか。
つららの肩に腕を回し抱きしめたくなる衝動をなんとか抑える。
二人の間にできた微妙な隙間を埋める手段がわからない。
いったい何をしたというのだ…。
眼を瞑り暗闇に思考を預けると「君が何かしたんだろ!」と昼の俺に怒鳴られたような気がした。


「…なぁ、何で今日は俺に冷たいんだ…?」

「別にそんなことありませんよ。」


つららの機嫌が悪くなったのは昼からだ。
学校の帰り道では既に距離ができていた気がする。
数歩後ろを歩くつららを気にしながらも黙って前を歩く昼の俺。
血のように染まる夕暮れは空間を鎖し、迫りくる藍色に心を支配される。
心臓を鷲掴みにされたようで、つらら以外のことが考えられない。
そんな帰り道を昼の俺は歩んでいた…。


「長く外にいるとお身体が冷えますよ。」

「俺は平気だ。いつも雪女のお前が隣にいるんだ。これくらいどうってことねぇだろう。」

「…そうですね。」


着物の擦れる音がした。
俺は動いていない…。
隣には立ち上がったつららが俺を見降ろしていた。


「つらら…?」

「失礼します。」

「…おい…!?」


音を立てて閉じられた襖の向こうに彼女は消えてしまった。
どこか悲しみを孕んだ瞳が俺を射抜いていたのは気のせいだろうか。
はたまた月影の悪戯だろうか。
どちらにしてもこのままつららとの間に距離を作ってしまうのは嫌なものだ…。
一日を思い出してみても何も心当たりが見つからない。
どんなに細い記憶の糸も手当たり次第に手繰り寄せてみた。
それでも見つからない答えに途方に暮れてしまう。
頭上に爛々と散りばめられた彼方の宝石を眺めていると、人の気配を感じた。
振り返れば盆に湯呑を乗せたつららが俺のところへと向かってきていた。


「どうぞ。」

「…。」


黙って受け取り一口だけ体内へと流しこむ。
ぬる過ぎるお茶の味を残しつつ、湯呑を置いた。
つい先ほどまでと同じように俺の隣にちょこんと腰を下ろしたつららを強引に抱き寄せる。
考えてもわからないのだから行動を起こすしかない。
それが俺の至った結論。


「リクオ様…!」

「いいから黙れ。それと先に謝っておく、悪ぃな。」

「えっ、…んッ…!?」


問答無用で噛みつくような口付けを与えれば、案の定幾らかの抵抗が見られた。
それでも構わず抱きしめる腕に力を込め深く繋がると、背につららの温度を感じた。
受け入れてもらえたと判断するにはまだ早いような気がして、とりあえず唇だけは解放してやる。
乱れた呼吸を落ちつかせながら潤んだ瞳で俺を睨むつらら。
なんとなく冷たい態度が和らいでいるように見えた。


「いきなり何するんですか…!?」

「お前が悪いんだろ。」

「悪いのはリクオ様です…!」

「…俺が何をしたってんだ?」

「…って・・…なかった…。」

「なんだって…?」


あまりに小さい呟きに何を言っているのかわからず、俯いた表情からは唇を読むこともできなかった。
もう一度問えば赤面したつららが真っ直ぐに俺を見つめていた。


「…いつも『おいしい』と言いながらお弁当を食べてくださるのに…今日は言ってくださらなかったじゃないですか…!」


あぁ…、そんなことで機嫌を悪くしていたのか。
あまりに可愛らしい不満に笑いが込み上げてきた。


「な、なんで笑うんですか…!?」

「いや、別に。悪かったな。つららの弁当は美味いぜ?そんなのわかりきってんだろ?それより…何か俺にしてほしいこととかあるか?」

「え?リクオ様にしてほしいことですか?」

「あぁ。今日の詫びに聞いてやるよ。」

「えっと、えっと…そんないきなり言われても…。あ、それじゃ…」

「なんだ?言ってみろ。」

「…リクオ様に膝枕してほしいです!」


そんなことでいいのか。
つららの機嫌が直るなら何でもするつもりでいた。
だからそれだけでいいのかと拍子抜けしてしまった。


「ほら、つらら。こっちに来い…。」

「あ…!」


座り直し膝を叩きながらつららを招いた。
細く冷たい腕を引きよせ己の膝へと寝かせる。
畳の上に広がる黒髪は月光に照らされ余計に艶やかに見えた。


「…まったく。俺はお前にとことん弱いらしい。」

「それは私も同じですよ。」

「つららに冷たくされただけでこんなにも心が乱れちまうとはな…。」


俺を惑わし妖艶な色香を纏って不可侵領域へと入りこんでくる。
それはつららにしか出来ないことで、俺もつらら以外は入らせない。


「リクオ様…」


儚げな声に誘われるようにして俺はつららに重なった…。












君だけに許す口吸い




■END■




アトガキモドキ
ぼんこ様に贈りつけちゃうよー!
リク内容が「機嫌の悪いつららに振り回されるリクオ」だったんだけど…
なんだか微妙ですね…。
こんなのでよければ貰ってやってください!


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