○小説○

□貴方に繋がらない恋路
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憶えていますか?
あの時のことを。
憶えていますか?
小さな出会いを。
憶えていますか…?










温かで冷たい心の色










白刃煌めく月光に照らされるのは静寂とは無縁の世界。
人工の明かりは空の輝きを拒否するかのように目映く存在を主張していた。
外見を飾り中身が虚に近づいている者たちが夜を行き交っている。
行く場所はそれぞれ違うだろうに、全員が卑しく見えるのはネオンの明かりのせいか。
とにかくカナにとっては居心地の良い場所では無く、さっさと家に帰ろうと動く足に従い地面を蹴る。
しかしその数分後には自分と同じ動きをする黒い影を引き連れながらカナは呼吸を乱していた。
夜遅くにコンビニに行ったことを走りながら後悔するが、後方から感じる気配への恐怖の方が勝り心臓が煩いくらいに音を立てている。
日付が変わろうとしている時間帯に一人で外に出ることは初めてでは無かった。
決して治安の良い町というわけでは無かったが、それでも自分が狙われるとは思っていなかった。
自分の足音と重なるようにして聞こえる複数の足音。
つけられていると感じた瞬間、冷や汗が伝い心が恐怖に蝕まれる。
家に辿りつくには人通りの少ない道を通らなくてはいけないため、カナはそれを避けてぐるぐると同じような場所を回っていた。


「なぁ、お嬢さん。そろそろ止まってくんねぇかなぁ?」


相手もそれに気付いていたのかカナの進路を塞ぎ正面から浅ましい笑みを携えて近づいて来た。
一歩後退すれば背中が誰かにぶつかり、肩には知らない男の手が。


「おっと、もう逃げられないよ?」


絶望的な光景が頭を過ぎり体が震え始める。
愉しそうに顔を歪める男達を睨むことすら出来ず、カナは声にならない声を絞り出すのが精いっぱいだった。


「い、や…っ…!」

「おい、俺の連れになんか用か?」


そのとき、聞いたことのある声が降りかかりカナは音源へと視線を移した。
そこには幾度か自分のことを救ってくれた妖怪の主が悠然たる態度で男達のことを笑みを顔に貼りつけて見ていた。
長い銀髪は風に揺られながら時折彼の妖艶な目元に影を落としている。


「なぁ…その手を離せよ。」


ぞくり、そう表現するのが正しいかはわからないが、男達につけられていた時とは違った恐怖が静かに空間を支配していた。
冷たく仄暗い闇が迫ってくるような、言いようのない恐怖。
変わらず口元に弧を描いているが、鋭い視線は刃物のように射抜いてくる。
カナのことを狙っていた男達もそれを感じているのか、先程までの余裕は微塵も感じられなかった。


「もう一度だけ言うぜ?その手を離せ。」


低く響く声は簡単に男達を散らしていった。


「あの…ありがとうございます。」

「一人で帰れるな?俺は行くところがあるから送ってやれねぇが…。」


リクオはカナの謝罪には反応せず、どこか焦れったそうに視線をこれから向かうであろう場所へと這わせながら言った。


「…どこへ行くんですか…?」

「カナちゃんは知らなくていい場所だ。」


言い捨てるように冷たく言葉の繋がりを断たれ、有無を言わさない表情が早く家に帰れと暗に伝えてくる。


「あのっ…!私も一緒に行っちゃ、ダメ…ですか?」

「…やめといた方がいいと思うぜ?あんた妖怪が怖いんだろ?」

「でも…!あなたのことは怖くありませんし…!」


なかなか譲ろうとしないカナに頭を掻きつつリクオは溜め息を零した。
その仕草を了承の意と捕えたカナは嬉しそうに表情を明るくして彼の後ろを小走りでついていく。
微妙な隙間を残しながら二人は夜の町を縫うように歩いて行った。


「どちらに向かってるんですか?」

「カナちゃんも前に行ったことある場所。」


そう言われ思い出せるのは一か所しかない。
13歳の誕生日に妖怪に襲われ、そして彼に助けてもらった日。
確かになんとなく見覚えのある景色の中を進んでいるように思えた。


「本当に家に帰らなくていいのかい?」

「はい。もう少し…一緒にいたいんです…。」


それは恋慕の情か。
気付いてしまえば簡単に納得出来た。
知りたいと思うのも、もっと一緒に居たいと思うのも、すべては高鳴る鼓動が答えを教えてくれる。


「着いたぜ。」

「うわぁ…」


やがて辿り着いたのはあの日と同じ場所。
賑やかな雰囲気と人では無い存在
の集まりに少し戸惑ってしまうが、一緒にいたいと言ったのは自分なのだからと思いなおしその世界に足を踏み入れる。
その瞬間、


「あっ!やっと来たんですね!待ちくたびれましたよー若!」


こちらに向かってくる少女と目が合った。
特徴的な目は螺旋を描き、漆黒の長い髪は歩くたびにふわりと揺れ動く。
純白の着物に負けない程綺麗で白い肌。
待たされたことに対する怒りが口元に現れているようで、不機嫌そうに結ばれている。
カナにとっては初対面のはずなのに、どことなく見知った顔のような気がするのは似ている人を知っているせいか。
カナの脳裏に浮かぶのは最近幼馴染と常に一緒にいるあの可愛らしい女の子。
しかし彼女と目の前の人物では、雰囲気が違っていた。
夜が似合う、人では無い生き物。
彼女もまた、闇の世界に生きる存在なのだろうと自己解決し、カナは前にいるリクオを見上げる。


「悪ぃな。ちょっといろいろあってよ。」


そう言って後ろにいるカナにちらりと視線を向ければ、初めてその存在に気付いたかのようにこちら向かう足を止める彼女。
気まずそうな色を瞳に帯びたのは一瞬で、すぐに冷たい色へと変化させていた。


「なるほど…。そういうことですか…。では私は向こうへ行っているので、どうぞお二人で楽しんでくださいね。」


まるで彼女の怒気が冷気に変わったかのように辺りの空気がひんやりとしていた。
それを慌てて追おうとするリクオだが、すぐにその足は止まった。
連れてきたカナをどうするべきか思案しているのだろう。


「それじゃカナちゃん。適当に楽しんでくれな!」


結局それだけ言い残し、リクオは彼女を追ってカナの元から一瞬で離れて行く。
残されたカナはどうするべきかわからず呆然と立っていたが、以前来た時に知り合った人物に声をかけられ、とりあえず案内されるがままについて行った。
席につき出された飲み物で喉を潤していると、少し離れた席に銀髪と黒髪を見つけた。
何を話しているのかはわからないが、あまりいい雰囲気で無いのはわかる。
しかし、二人の距離が縮まりリクオの腕が彼女の首元に回されたとき、カナは見てしまった。
二人の唇が重なるのを…。
一瞬の重なりだったのかもしれないが、カナにとっては永遠とも感じられるような時間の流れだった。
先ほどまでの険悪な雰囲気が嘘のように二人は顔を寄せ合い微笑み合っている。
それ以上見ていられなくて顔を伏せれば膝の上に置いていた手に何かがぽたりと落ちていた。
それが自分の涙だと気付きたくなくて。
崩れていく心を繋ぎとめておきたくて。
カナはこの時間が幻であったならと願わずにはいられなかった…。
彼女を見つめる彼の視線はどこまでも優しく愛しさに満ちていて、どれほど大切な存在なのかが遠くから見ていてもわかる。
自分に向けられる優しさと彼女に向けられる優しさは次元が違うのだと気付かされる。
温かで安心できるはずなのに…。
冷たい氷に心臓が鷲掴みにされる感覚…。


「帰ろうかな…。」


これ以上ここに居ても惨めな気持ちになるだけだろうと思ったカナは、一度も視界に幸せそうな二人を映すこと無く席を立った。
明日を照らしてくれない光に絶望を覚え、二度と見ることのできない虹色を渇望する。


「…さよなら…。」


憶えていますか?
あの時のことを。
憶えていますか?
小さな出会いを。
憶えていますか?
私では無く彼女を選んだ夜を。
私は知っている。
共有することのない記憶に交わることのない笑顔を。
私は知っている。
彼女だけを受け入れるその真っ直ぐな愛情を。
私は気付いている。
もう、想うことすら出来ない胸の苦しみを。
私は気付いている。
甘い疼きは一瞬にして苦い痛みに変わることを…。
ありがとう、温かくて冷たい心をくれて。
私は闇夜に浮かぶ月を眺めては、貴方のことを思い出すでしょう…。











■END?■







*****オマケ*****



「なんで家長が一緒なんですか!?」

「来る途中絡まれてるのを助けたらついて来たんだよ…。」

「そうですか。私が若のことを待っている間お二人で楽しい一時を過ごしていたんですか。」

「…なんだ、妬いてんのか?」

「なっ…!違います…!私は……んッッ!?」

「これで機嫌直せよ…。」

「いきなりするなんてずるいです…。」

「お前は怒ってる顔より笑ってた方が似合うぜ?」

「もう…若ったら…。」









■END■



アトガキモドキ
相互記念に青帆様に贈る夜つら←カナ小説でした!
せいるん!こんな駄文になってしまったけど、捧げます!
夜つら←カナのはずなのに前半はリクカナっぽくなってしまいスミマセン…!
後半もつららの出番ほとんどないし…。
反省してます、ごめんなさい…!
こんなヤツですが、相互してくださりありがとうございました。
これからもよろしくお願いしますね!


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