○小説○

□大好きだから切なくて
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「それは…何かダメです!」


学校にいるということも忘れ、半分泣き叫ぶように訴えるつらら。
『女子が男子に何をあげてもあやしまれない日』と言ったのは自分自身だというのに、自分以外の女子が自分の主に贈り物をするなんて許せなかった。
醜い感情だとわかっていても、溢れる愛しさは堰き止められることなく零れていく。


「私のチョコ…食べてくださったかしら…。」


それとも家長のチョコを食べたのだろうか…。
そう思うと胸が苦しくて…。
行き場の無い感情を殺すことさえ難しくて…。
普段は気持ちよく感じるはずの冬の風は、つららの肌を不快に撫でていくだけだった。
夕闇に染まっていく空を仰ぐと、昼間は存在が薄かった三日月が綺麗な光を発している。
久しぶりに一人で歩く帰り道は寂しくて、でも隣にいない人を求められるほど素直にもなれなくて。
瞼を閉じて思い出すのは二つのチョコを持ったリクオ。
幼馴染からのチョコが本命か義理かなんてわからないが、それを貰ったリクオの顔が嬉しそうだったのは覚えている。
家に帰れば顔を合わせることはわかりきっているのに、少しの間だけでも拒絶してしまう自分がいて、同時にすごく悲しくて、思考回路を占領する我が主に想いを馳せるだけだった…。








************









「あ、つらら。」

「リ、リクオ様…!?」


同じ屋根の下にいるのだから顔を合わせることはわかっていた。
それでもこんなに早いと心の準備というものが出来ていない。
泣きそうになる目元に力を込めると顔に熱が集中するのがわかる。
早鐘を打つ心臓を落ち着かせるように少しだけ深呼吸をし、なんとかこの場を切り抜ける方法を考えた。


「あ、ああの、私…夕飯の準備がありますので!」


回れ右をして全力疾走。
適当な嘘をついてリクオの前から消え去って行くつらら。
後ろから呼び止めるリクオの声がするが、それから遠ざかるように足を動かす。
すべては愛しさと悲しさからの行動。
今、あの瞳を見たら…もう逃げられない気がしたから…。


「私…最低だ…。リクオ様を避けるなんて…。でも…。」


仕方ない、と思ってしまう。
謝らなくてはと思うが、どう言葉にしていいかわからない。
こんなにも歯痒い感情に支配されるくらいなら、最初からチョコなんて渡さなければよかったと後悔してしまう…。


「ほら、首無。」

「ん?これは?」

「チョコよ。有り難く受け取りなさいな。」


通りがかった部屋の中から聞こえてくる毛倡妓と首無の声。
そのやりとりは明らかにバレンタイン色に染まる男女のもので。
つららは自分とリクオとは正反対の襖の向こうの世界に触れるのが嫌で、その場を静かに去った。


「はぁ…。」


漏れる溜息は何度目だろうか。
どこに行くというわけでもなく屋敷の中を彷徨えば、自然と気分も降下しそれに比例して溜息の数も増えてくる。
どれくらいの時間が経ったのかはわからないが、屋敷が静かな様子からするとそれなりに遅い時間なのかもしれない。
リクオには夕飯の準備があると嘘を言ってから会っていない。
結局その嘘も嘘ではなくなり実際に夕飯の手伝いをしていたのだが。
手を動かしながらも考えてしまうのはリクオのことだけで、危うく何度か指を切りそうにもなった。
落ち着かない心を持て余しながら縁側から見える星を見上げる。
…だから気付かなかった。
音も気配もなく近寄ってくる存在に…。


「なぁ…。」

「リ、リクオ様…!?」


昼間とは違う容貌に気だるげで低い声。
風で揺れる長い髪は時折目元に影を作り、その姿は艶めかしく妖艶な雰囲気を醸し出していた。
鋭くなった視線に射抜かれながら、つららはその場から逃げることを考えていた。


「も、もう遅い時間ですよ?お休みにならなくてよろしいんですか?」

「…んなことより、俺はお前に聞きたいことが…。」

「私はもう疲れたので寝ますね!リクオ様も早くお休みになってください!」


つららはこれ以上この場にいるのはまずいと思い、一方的に会話を打ち切って自室へ向かおうとした…が、右手に違和感が…。


「待てよ。」

「リクオ様…?」


思いきり掴まれた右手首。
振り返れば色の無い瞳でつららを見つめるリクオ。
怒っているのか悲しんでいるのかもわからないその瞳に、つららはただ恐怖を抱くだけだった。
どくん、どくん、と脈を打つ音が自分の中で響いていて、これだけの距離ならリクオにも聞こえてしまうのではないかと思えてしまうほど。


「なんで俺を避けるんだ…?」

「そんなこと…ありませんよ…。」

「嘘だろ。」

「きゃっ…!」


一気に壁際まで迫られ、気づいたらつららの両腕は頭上で拘束されていた。
軽い痛みを伴いながら二人の距離は先ほどより近くなる。
細く白い二本の腕を片手で抑えつけながらリクオはつららを見下ろした。
無言の訴えにつららは視線を逸らすが、それはすぐに顎に添えられたリクオの手によって戻される。


「俺を見ろよ…。」


そうリクオが呟いた直後、つららは唇に温かな感触を感じた。
普段の優しさは欠片もなく、苛立ちを感じさせるような、余裕の無い口付け…。
舌を割り入れられ、口内を蹂躙され、拒むことは許されない容赦無い行為。


「っ…ぁ…!」


言葉を発しようとしてもそれはただの甘い吐息となって流れていく。
抵抗は意味を持たず、力が抜けていく体を支えるのがやっとの状態だった。


「…悪ぃ…。つい…。」


やがて離された唇からは謝罪の言葉。
そんなことを言ってほしかったわけじゃない。
むしろ謝らなくてはいけないのは自分の方だというのに…。
いつの間にか拘束されていた両腕は自由になり、少しだけ二人の間に距離ができた。


「私は…いつもリクオ様だけを見てますよ…。」


つららは目の前で切なそうに瞳を揺らすリクオに向かって小さく、しかし確かな想いを乗せて囁いた。


「…じゃあ今日のお前の態度はなんなんだ?」

「だって…。」

「…これが原因か?」

「あっ、それは…!」


リクオの袖口から現れたのは小さな2つの箱。
ひとつはつららが渡したもの。
そしてもう一つはカナが渡したもの。
つららが渡した箱には雪の結晶に似た装飾が施されている。


「今日はバレンタイン、だったな…。」


リクオはつららから貰った方の包みを剥がしながら、どこか愛しそうにその箱を見つめた。
箱の中に入っていたチョコをひとつ取り出し、それをつららの口へと運ぶ。
突然入れられたチョコをどうしていいかわからず戸惑っていると、リクオからとんでもない一言が。


「それ、俺に食わせてくれよ?」

「…!?」


チョコのせいで言葉を上手く音に出来ず、「無理です!」と言おうとしても目の前には既に目を閉じているリクオ。
その口元が上がっているのは気のせいでは無いだろう。
つららは意を決してリクオの頬に両手を添え、チョコをリクオへ移そうと唇を寄せた。
その瞬間…、


「…っ…!」


リクオがつららの唇からチョコを奪い取った。
しかしそのチョコは互いの中で転がり合い、徐々に溶けだしていくのがわかる。
甘い甘いチョコの香りに、愛しい愛しい人の熱。
小さくなっていくチョコよりも、相手の熱を感じたくて貪り合った。


「リ、クオさ…ま…。」


つららがチョコの余韻の残る唇で愛しい人の名を紡げば、愉快気な表情で見下ろすリクオと視線が交わった。


「なんだ?」

「私…家長のチョコを見てから嫌な気持ちになってしまって…リクオ様を避けてしまいました…。すみません…。」

「なんでつららが嫌な気持ちなるんだ?」

「…リクオ様が…私よりも家長のチョコに喜んでるのかと思うと苦しくて…。」

「つららはバカだな。」


ふわり、と舞うリクオの香と温かな熱。
心地よいぬくもりに包まれながら、つららはリクオの背に腕を回した。


「貰って一番嬉しいのは…つららからのモンに決まってんだろ。くだらねぇことで悩むな。」

「はい…!」


どんなにたくさんのチョコを貰おうとも。
どんなにたくさんの愛を貰おうとも。
結局欲しいのはひとつだけ。
想いが重なる相手は一人だけでいい。
その人の笑顔が見れればそれだけでいい。


「来年も期待していいんだよな?」

「もちろんです!」











甘美なひとつだけの契りは永遠に






■END■





アトガキモドキ
勝手に蓮様に捧げます!
単行本9巻カバー裏の続きっぽい感じにしてみました。
甘くしようとしたのに前半が妙にシリアスっぽい雰囲気だったり後半は甘くしようとしたせいで甘すぎたり…かなりアンバランスな感じですね、すみません…!
でもリクつらのバレンタインネタが書けて満足です!


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